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日本労働年鑑 第55集 1985年版
The Labour Year Book of Japan 1985

第二部 労働運動

XIV 政党


3 日本社会党

3 大会・中央委員会
第四八回定期大会

 八三年九月七日、東京・一ッ橋の日本教育会館で、社会党第四八回定期大会が開催された。これは、五年九ヵ月に及んだ飛島田体制から石橋新体制に移行する節目の大会であり、新役員の選出を主要な課題とした。大会はこのあと一一月末予定(実際には八四年二月開催)の続開大会まで休会とし、運動方針案などはそこで討議・決定されることになった。

 大会では、まず来賓の黒川総評議長らが祝辞にたち、そのあと、飛島田委員長が委員長としての最後のあいさつを述べた。飛島田委員長は「党再建の志を抱いて力の限り努めながら、これまでご期待にそえなかったことを成田さんの御霊に対し、また党の諸先輩ならびにすべての同志に対して、お詫びをしたい気持でいっぱいだ」としつつ、「大胆な脱皮と再生」に向けて「新執行部を中心に、全党の同志の燃えるような討論と行動を結集し、その英知と経験のなかから、革新の党にふさわしい、勤労国民の共感を誘う創造的課題で、豊かな実りを手にしてくださるように願う」との期待を表明した。このあと田辺書記長代行による参院選総括と衆院選態勢づくりを中心とする党務報告や島上善五郎中央統制委員長による中央本部統制委員会報告などがおこなわれた。午後になって、大会は党員投票の委員長選挙で無投票で当選した石橋新委員長の就任を承認し、田辺新書記長をはじめとした新役員を満場一致で選出。「総選挙に勝利し国民の期待にこたえる決議」などを採択した。

役員

 第四八回大会で選出された新役員は、飛島田執行部を基本的に引き継いだ挙党態勢人事となっている。専従中執は全員残留し、大きな転換はみられず、基本的に派閥均衡体制が踏襲された。新人の起用は石橋委員長をのぞく新役員三〇人のうち一一人。このうち、とくに起用が希望されたのは広報局長の五十嵐広三氏、政策担当中執の岩垂寿喜男氏らだという。派閥的にも、旧三月会の役員が引退などでいなくなったほかは、政権構想研究会(政構研)七、社会主義研究会(社研)五、勝間田派四、新生研究会(新生研)、社会主義協会(協会)三、無派閥八でほぼ現状維持である。大会で選出された新役員はつぎのとおり。

▽委員長 石橋正嗣(勝間田派)=新 ▽副委員長 堀昌雄(政構研)、山本政弘(協会、前機関紙局長)、土井たか子(無派閥)=以上新、小柳勇(無派閥)=留任 ▽書記長 田辺誠(政構研、前副委員長、書記長代行)=新 ▽副書記長 高沢寅男(協会)、曽我祐次(社研)=以上留任 ▽政策審議会長 島崎譲(新生研)=留任 ▽財務委員長 藤田高敏(社研)=新 ▽選挙対策委員長 安垣良一(無派閥)=新 ▽国会対策委員長 山口鶴男(政構研)=留任 ▽総務局長 村山喜一(勝間田派、前副委員長)=新 ▽広報局長 五十嵐広三(無派閥)=新 ▽企画調査局長 森永栄悦(政構研、前組織局長)=新 ▽組織局長 笠原昭男(社研、前総務局長)=新 ▽労働局長 阿部未喜男(政構研)=新 ▽農漁民局長 山口太郎(社研)=留任 ▽中小企業局長 中村重光(勝間田派)=新 ▽青少年局長 深田肇(社研)=留任 ▽婦人局長 山下正子(無派閥)=留任 ▽国民運動局長 上原康助(無派閥)=新 ▽国民生活局長 横山泰治(新生研)=留任 ▽自治体局長 佐藤敬治(新生研)=新 ▽国際局長 八木昇(勝間田派)=留任 ▽教育文化局長 河上民雄(政構研)=留任 ▽政策担当中執 岩垂寿喜男(無派閥)、館林千里(勝間田派、前国民連動局長)、久保亘(政構研)=以上新、船橋成幸(無派閥)=留任 ▽機関紙局長 大塚俊雄(協会、前企画調査局長)=新。

 なお、中央統制委員長の島上善五郎氏(無派閥)はそのまま(『朝日』八三年九月一六日付)。

第四八回定期(続開)大会

 八四年二月二七〜二八日「前進!ニュー社会党」をスローガンに東京・一ッ橋の日本教育会館において、社会党第四八回定期(続開)大会が開かれた。これは、八三年九月七日の第四八回定期大会の継統として開かれたものである。大会は、総選挙の総括をふまえ、党の姿勢、政策、運動、組織のあり方について討議したが、とくに平和保障政策に議論が集中した。冒頭、あいさつに立った石橋委員長は、総選挙をふり返り、たたかいを有利に展開させた主体的条件として、(1)党の統一と団結、(2)全野党の結束、(3)社公両党の関係修復、(4)関係労働組合の協力と支援をあげ、とくにそのなかで、「現状においては、野党第一党の社会党と、野党第二党の公明党の協力の必要性は、もはや選択の問題でなく必要条件である」と述べて、社・公中軸路線を推進する姿勢を鮮明にした。

 ついで石橋委員長は、反省すべき点として、(1)自民離れの票が社会党にまわらずほとんど棄権していること、(2)得票増はニュー社会党というムードによる部分の多いことをあげ、これを克服するために「『社会党支持のすそ野をどうして広げるか』という視点を、これから以後のあらゆる論議、すべての行動に際しての基本にすえていただきたい」と述べ、「日常不断の活動を通じて支持を高める以外に奇手も妙手もない」と強調。また、「高い理想」以上に「魅力ある政策や、現実処理能力の方が重視される」ことに注意をうながした。さらに、中曽根政権の改憲・軍事大国路線をきびしく批判しつつ、「これに対置するニュー社会党の当面の目標」として「憲法の理念にそった政治に立ち返ること」「『軍事大国』にたいする『文化立国』」を提起。(1)非同盟・中立・全方位を基調とし、新冷戦体制を打破する全面完全軍縮への道を明示して反核・軍縮実現のために積極的に活動する国になる、(2)自民党政府の経済・財政政策を抜本的に転換し、生活向上と不公平是正を目標とする、内需拡大型の経済成長をめざす、(3)農業と農民生活の破壊をくいとめ、食糧自給率向上をめざして本格的な農業の再建に取り組む、(4)不平等な選挙制度の改革、地方分権の確立、国民の政治参加等を推進し、政治の浄化、抜本的な民主化をはかる――などの四つの目標を提示し、「これが実現するのであれば、私はだれとでも対話し、行動を共にするつもり」だとの考えを示した。最後に、「かくなるうえは、自らの力量を強め、どのような事態にも直ちに対応できるように備えることが先決なのかもしれない」として、国民と党員の協力を訴え、あいさつを終えた。

大会経過

 大会は、全体会議で田辺書記長の一般党務報告をめぐって質疑をおこない、これを承認したあと、(1)運動方針、(2)結党四〇周年記念事業、(3)『社会新報』日刊化推進委員会報告、(4)中期経済政策の改訂――の四議案を三つの小委員会に付託し、討論をつづけた。

 大会の焦点となった運動方針小委員会では、いわゆる自衛隊の「違憲・合法論」、行政改革、赤字国債にたいする党の姿勢などに論議が集中し、「違憲の自衛隊が法的に存在している」とする新しい政策的提起にたいしては、福岡、沖縄、大分、茨城、香川の各県本部はじめ、三九の各級機関、個人から修正・補強などを求める意見書が出された。小委員会の論議のなかでも、「非武装・中立の党是に動揺が生まれているのではないか」「護憲・平和闘争、反基地・反自衛隊の闘争や権利闘争、違憲訴訟を進める大衆運動にブレーキをかける」など、危惧や疑念が相次いだ。これにたいして田辺書記長が、(1)非武装中立の党是を今後も一貫して重視する、(2)今回の提起は連合政権の下での自衛隊縮小・解消の具体的方法を示したものだ、(3)これは自衛隊が現に存在している事実の上にたって、国民世論の動向、平和中立外交の進展、連合政権の安定度、自衛隊の掌握度をふまえ、解散をはかるものだ、等の答弁をくり返した。しかし、これでおさまらず、石橋委員長が出席して説明に立ち、「自衛隊の法的存在とは、自衛隊法や防衛庁設置法など歴代自民党政府が多数で決定した現実存在の自衛隊をさすものであって、当然違憲の法律であり、法としてこの適法性をもつものでない。『違憲・合法論』という表現は今後も使う意思はない」と釈明した。

 組織・財政・機関紙小委員会では、(1)一〇万の党員、(2)三〇万の「強める会」会員、(3)一〇〇〇万の支持者名簿を今年度の目標として設定した百万党建設の構想などを中心に熱心に討論がなされた。とくに議論が集中した「議員支部つくり」の提案は、執行部の判断で組織検討委員会の検討にかけ、その結論が出るまで実施を見合わせることになった。

 政策小委員会では総選挙や健保・年金問題、教育・文化政策などが論議された。とくに焦点となったのは、高度情報化社会が労働者に及ぼす影響や教育臨調構想などだったが、いずれも今後検討を深めることになった。

 大会二日目は、全体会議で、森下昭司小委員長が運動方針小委員会報告を、牧内正哉小委員長が組織・財政・機関紙小委員会報告を、沢田広小委員長が政策小委員会報告をそれぞれおこない、全議案を採択した。さらに、本部提案の「八四国民春闘を推進する決議」「農産物の輸入自由化・枠拡大に反対し国民食糧の安定確保に関する決議」「実効ある男女雇用平等法の制定実現に関する決議」の三つの決議と、千葉・埼玉・山梨・茨城・青森・神奈川・東京の七都県本部提案の「反基地・反安保・反自衛隊闘争強化に関する決議」、東京都本部提案の「武蔵野市の日照裁判闘争支援に関する決議」をそれぞれ議決し、最後に「本大会で決定した諸方針・決議を挙党一致して忠実に実行に移し、ニュー社会党の建設をすすめ、党のすそ野を広げ、与野党伯仲から与野党逆転の局面を開き、真の党躍進をはたす」との「大会宣言」を採択し、その幕を閉じた。なお、大会の詳細については、『月刊社会党』八四年四月臨時増刊号、『社会新報』八四年三月二日付などを参照。

日本労働年鑑 第55集 1985年版
発行 1984年12月15日
編著 法政大学大原社会問題研究所
発行所 労働旬報社
2001年8月21日公開開始


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