事件の概要はつぎのとおりである。大阪地方裁判所道下徹裁判官(民事六部裁判長)は一九八三年四月二五日に大阪地裁民事六部に会社更生法の適用を申し立てていた株式会社額田製作所(本社大阪市西成区)の会社更生手続開始申立事件の審理において、全金大阪地本額田製作所支部(組合員五六名)の三役にたいし、同年七月二〇日「管財人引受けに当っての条件」として、管財人候補者が裁判所に提出した文書を示したうえ、「組合がこれを認めれば必ず再建できるので、この条件をのめばすぐ会社更生決定を出す」旨述べ、あわせて「出来るだけ早く文書で回答してほしいので、七月二五日までにいつ回答できるか連絡するように」と述べた。
管財人候補者の条件とは、人員八六名中五一名を削減すること、労働条件を切り下げること等のほかに「労働組合の上部団体脱退」があり、全金額田製作所支部が「上部団体、総評・全金から関与を受けず、全員が経営者の立場で再建する必要がある」というものであった。
支部は七月二五日、裁判所にたいし「八月一〇日に組合としての結論を出す」旨回答したが、道下裁判官は「なぜ回答がそんなに遅れるのか説明に来てくれ」と支部三役に結論を急がせた。
八月一〇日に至り、支部三役は「上部団体からの脱退を条件とする事は憲法二八条で保障された労働基本権の侵害であり、労働組合法七条一号、三号に該当する行為であり、認めることはできない」「管財人候補者がこの条件に固執するのであれば組合としては承諾しがたい」こと等を記載した文書を道下裁判官に渡したところ、道下裁判官は「これでは回答は『拒否』なので難しいと思うが管財人候補者に一応渡す」旨答えた。
八月一六日に支部三役が道下裁判官ほか二名の審訊を受けた際、「上部団体からの脱退は絶対的なものかどうか。例えば上部団体が交渉に参加しないとか会社内へ出入りしないということで妥協できないかどうか確認してほしい」旨述べ善処方を要請したが、道下裁判官は「管財人候補者は『支部が上部団体から脱退しないなら残留人員三五名とし、人員削減方法は指名解雇によって行なう。上部団体から脱退するのなら残留人員四五名とし、人員削減は希望退職を募集する方法で行なう。そのどちらかだ』といっている。組合としてどうするのか、八月一九日の午前中に返答するように」との見解を示した。
支部は、臨時大会を開催したうえでやむなく全金脱退を受け入れざるを得ないとの結論に至り、八月一九日大阪地裁法廷において道下裁判官主宰の下に関係者が一堂に会した際、支部等と管財人候補者とのあいだで、会社への残留人員を四五名とすること、人員削減は希望退職を募る方法によること、残留人員の労働条件を切り下げること等のほか、「支部は会社更生開始決定後直ちに上部の総評全国金属労働組合(以下上部という)に対し支部脱退届を提出するものとする。上部よりの脱退には、本部定期大会(昭和五八年九月末頃予定)の承認が必要なことに鑑み、支部の正式脱退はその大会終了時とする」旨の文書に調印した。
道下裁判官は文書調印がなされたあと、条件がととのったとして八月二二日更生手続開始決定を下した。
道下裁判官糾弾のたたかい八四年一月一七日には「道下裁判官糾弾共闘会議」(議長黒川武総評議長)が結成され、二月七日一九万八二四八名が訴追請求人となって国会の裁判官訴追委員会にたいし道下裁判官の罷免の訴追請求をおこなった。
訴追請求は総評加盟組合員を中心に、その後第二次提出分(三月一四日)として三〇万五六四一名、第三次分(五月二五日)九万九五一九名が追加され、合計人数六〇万名余というかつてみない大々的な訴追請求運動となったことは注目される。
日本労働年鑑 第55集 1985年版
発行 1984年12月15日
編著 法政大学大原社会問題研究所
発行所 労働旬報社
2001年8月21日公開開始