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日本労働年鑑 第53集 1983年版
The Labour Year Book of Japan 1983

第二部 労働運動

I 労働組合の組織現状と組織運動


2 組織運動

1 産業別組織の動向
通信労組の結成

 一九六四年に共産党の「四・八声明」にからめ「反組織行動」をとったとして全電通から除名されたかもしくは脱退した近畿通信局管内の労働者約一七〇人は、八一年四月二六日に「通信産業労働組合」(略称・通信労組)を結成した。同労組は全電通の右傾化路線反対統一労組懇との連帯強化の方針をとっている。

非鉄金属労協の結成

 製錬労協と全鉱の合意により八○年九月に非鉄金属産業労組総連合協議会の結成をめざす組織検討委員会が発足、同年一二月に新組織の基本事項が確認され、これをもとに八一年四月一四日準備委員会が発足した結果、八一年八月二七日に「日本非鉄産業労働組合総連合協議会」(略称・非鉄金属労協)が結成された。参加したのは三菱金属労連、住友金属労連、同和労連、三鉱連、全鉱、小名浜労組の六組織、一万五五九四人で、製錬労協はこれにともない九月三〇日に解散し、全鉱は新組織の組織整備にともない一年後に発展的に解消することを予定している。

全金同盟と造船重機労連の定期懇談会

 全金同盟と造船重機労連は労働運動のイニシアティブをとるためには金属重機械大産別組織への結集が必要だとして、八〇年いらい連携強化をめざしていたが、八一年八月にはそれぞれ大会で従来の交流をさらに一歩すすめて「定期懇談会」をもつとの方針を決定し、八一年一〇月九日の第一回会合を皮切りに定期懇談会の開催にふみきった。

全化同盟・全化労連・新化学の三単産連絡会議

 この三単産は化学エネルギー労協をつうじて共同行動をつみ重ねてきたが、「大産別組織への結集をはかる」(全化同盟)もしくは「化学労働戦線の統一促進」(新化学)など、それぞれの組織の方針にのっとり、八一年一〇月一六日に「三単産連絡会議」を発足させた。

紙パ労連と紙パ総連合の政策調整会議の設置

 紙パ労連と紙パ総連合は、八〇年いらい、十条製紙、本州製紙、三菱製紙、山陽国策パルプの四労組共同行動会議、組合員一〇〇〇人以上の一七単産参加の大手委員長連絡会議の開催など、両単産の枠をこえた連携・交流をすすめてきたが、八一年七月のそれぞれの定期大会で、紙パ労連は、(1)「紙パ総連合との産別間の話し合い」と「共同行動」の推進、(2)国際化学エネルギー一般労連ICEF加盟について「研究と討論を積極的に進めていく」との方針をきめ、また、紙パ総連合は、新しい結集をはかるうえで紙パ労連がICEFや民間先行の新しい統一協議体に踏み切れるかどうか」が鍵であるとして、(1)そのために必要とされる前提条件の整備にとりくむこと、(2)大手単産委員長連絡会議の充実をはかるとの方針を決定した。そしてこうした方針によって両者間で協議がすすめられた結果、八一年一一月六日に両単産代表による「政策調整会議」を設置し、以後、産業政策、労働条件などのとりくみを中心に協議していくことになった。

機械金属労働組合連絡会議の結成

 機械金属産業における幅広い結集をはかるとして七八年八月いらい話し合いをすすめてきた金属産業労組連絡会議(金産連)と機械金属労組懇談会(機労懇)は、八一年九月に「機械金属労組会議」発足への第一歩として「機械金属労組連絡会」をつくることで合意をみ、関係組合に参加をよびかけた。その結果、八一年一〇月二五〜二六日に結成総会をひらいて、全国金属傘下一三労組約三万三〇〇〇人、全金同盟傘下四労組約二万六〇〇〇人、全機金傘下八労組約二万三〇〇〇人、無所属の純中立一五労組約三万九〇〇〇人、合計四〇労組約一二万人で「機械金属労組連絡会議」を発足させた。なお、連絡会議に参加した全金同盟傘下の小松製作所労組(約一万五〇〇〇人)は、これより先の一〇月一四〜一五日の同労組大会で、これまで全金同盟にたいして組織の近代化と体質改善、労戦統一、機械金属分野の統一の必要性を求めてきたが受けいれられていないとして、全金同盟からの脱退を決定した。

共同印刷労組の分裂

 全印総連加盟の共同印刷労組は全印総連に加盟していない大日本、凸版、図書、日写の印刷大手四労組とともに「全国印刷産業労働組合協議会」結成の準備をすすめていたが、全印総連からこうした動きについて自粛を求められると、八一年九月一五日の定期大会で方針を決定して一二月一四日に全印総連から脱退した。このため全印総連支持の同労組組合員六二人は新たに全印総連共同印刷労組を結成した。

石油労組連絡会の発足

 八一年一二月いらい全石油と石油同盟が中心となってすすめていた「石油産業労働組合連絡会」結成の準備活動は、八二年三月二日の第三回結成準備会でほぼ完了し、三月一九日に結成総会がひらかれ、同連絡会が発足した。加盟したのは全石油(二万六五〇〇人)、石油同盟(三三〇〇人)の二単産と無所属の全シェル労組、東燃石油化学など六単組四八〇八人、合計三万四六〇〇人で、石油関連組織労働者の約七割を結集しており、会の目的には「産業政策活動の推進」、「石油労働者の雇用の確保、生活向上」などを掲げている。

国鉄再建問題四組合共闘会議の発足

 臨時行政調査会で国鉄の民営・分割論が討議され、また国鉄の「ヤミ手当」、「悪慣行」にたいするマス・コミの集中砲火があびせられるなどきびしい状況にさらされたところから、同盟傘下の鉄労をのぞく国労、動労(以上総評)、全施労(新産別系)、全動労(統一労組懇)の国鉄四労組は、八二年三月九日に合同執行委員会をひらいて、常設の「国鉄再建四組合共闘会議」を発足させた。共闘会議は、(1)真の国鉄再建をめざして四組合の共同行動をつよめる、(2)三五万人体制反対、国鉄運賃値上げ反対、利用者へのサービス向上など諸要求の実現、(3)反核、反戦・平和のたたかいを積極的にすすめる、などの方針を掲げている。また、鉄労については、「民社党と一体になって国労など他の組合への攻撃を強めている」として、四労組は会議への参加をはじめから呼びかけていなかった。

全国一般の組織に亀裂

 全国一般は八二年五月二七日の第二回中央委員会で労働戦線統一準備会参加の方針を採択、有効票四二のうち賛成二六票で採択したが、すでにこうした方針に反対の高知一般は三月一三日に脱退届を本部に提出、さらに埼玉、東京、千葉、神奈川、京都の五地本と宮城一般は、中央委員会終了後に高知一般とともに「統一準備会の参加に断固反対し、労戦統一の正しい発展のため奮闘する」との声明を発表し、労線統一問題をめぐって全国一般に組織分裂のきざしがあらわれた。

郵便産業労組の結成

 六八年に共産党の指導による活動で組織を混乱させたとして全逓から権利停止処分を受けていた六人が中心となり、五一人で八二年六月一二日に「郵便産業労働組合」が結成された。組合員がもっとも多いのは東京・練馬郵便局四八人である。

日本労働年鑑 第53集 1983年版
発行 1982年11月30日
編著 法政大学大原社会問題研究所
発行所 労働旬報社
2001年9月4日公開開始


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