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日本労働年鑑 第52集 1982年版
The Labour Year Book of Japan 1982

第二部 労働運動

XIV 政党


4 公明党

1 公明党の概況
党再建の地方選を重視

 社公、公民の二つの「連合政権」構想を成立させ、〃連合政権のかなめの党″をキャッチフレーズに八〇年夏の〃衆参同時選挙〃にのぞんだ公明党は、衆議院議席を二四議席も減らすという結果に終った。しかも、自民党の圧勝によって、〃伯仲時代〃は終わり八○年代前半を想定した「連合政権」成立の可能性は遠のいた。公明党はこの選挙結果を「党始まって以来の大敗北」とうけとめ、〃リメンバー6・22〃(六月二二日は衆参同時選挙の投票日)を合言葉に、各級議員の日常活動の強化、後援会組織の充実・拡大をよびかけた。とくに、公明党が重視したのは地方自治体の議会選挙で、当該市町村だけでなく、周辺地域もふくめた総力戦で成果をあげ、これを党再建の足がかりとすることをねらった。とりわけ重視したのは、八一年二月の北九州市議選と同七月の東京都議会選挙であった。とくに後者については、大会、中央委員会はもちろん、全国の道府県大会、議員集会、青年党員大会など、党のあらゆる集会で東京都議選への支援が討議され、文字どおり〃党の総力をあげて〃これにとりくんだ。また六二歳定年制を都議候補者にも採用し、候補者二七人中七人の現職を引退させるなど、思い切った対策もとられた。その結果、各地の地方議会選挙で公明党はかなりの成果をあげ、議席、得票を増加させた。とくに都議選では、候補者全員が当選、それも複数立候補の一選挙区をのぞき、二五人が一位当選と大きな成果をあげた。

安保・防衛で〃現実路線〃

 公明党は、〃同時選挙〃での敗北後も、公式には「大ワクとしての〃社公民路線〃」という党の基本路線に誤りはなかった、として従来の方針を再確認した。政策面では「非武装中立」を党是とする社会党と、防衛三法に賛成し、国会での自衛隊合憲決議を提唱した民社党とのあいだに立ったかたちの公明党は、長期的な理想としては〃安保条約廃棄、自衛隊の国土警備隊への改組〃を残しつつも、現実的な対応としては〃安保の当面存続、自衛隊のさし当り保持〃をもりこんだ「八〇年代連合政権要綱」を決定し、社会党に〃歩み寄り〃を求めた。また、次期大会にむけ、自衛隊の〃装備″問題にまで立ち入った安保・防衛政策の検討をすすめるなど、〃より現実的な対応〃を強調している。

労組との提携強化

 七〇年代後半以降の公明党の活動で注目されるのは、労働組合との提携・協力関係の強化に努めていることである。公明党は、一時期(六七年)、公明党を支持する独自の労働組合を組織する方針を打ち出して注目されたが、これは実行には移されずに終わった。しかし〃言論妨害問題〃を機に、公明党が〃政教分離〃を公約し、〃開かれた国民政党〃への脱皮を志向するなかで、労働組合との交流が始まった。一方、労働組合側も七〇年代後半の〃与野党伯仲時代〃に政策・制度要求実現のため、従来の、総評と社会党、同盟と民社党といったわくをこえて公明党とも接触するようになった。また、全逓など一部組合は、組織内候補当選のため、公明党と選挙協力をおこなうようになった。とくに、七九年総選挙後、総評が「社公中軸」路線を積極的に推進し、また公明・民社の提携・協力関係が進展するにともない、公明党と労働四団体との交流は活発化している。

創価学会批判の激化と公明党

 〃同時選挙〃での敗北とともに、公明党を直撃した問題に創価学会の内紛が激化し、学会をめぐる種々のスキャンダルが公にされたことがある。かねてから、日蓮正宗の信徒団体である創価学会と本山の大石寺との間では教義解釈をめぐる対立があった。これに関連して、脱退会員などから学会幹部、とりわけ最高指導者である池田大作氏にたいする批判が断続的におこなわれていたが、〃同時選挙〃前後から、週刊誌を舞台に創価学会・公明党の内部告発キャンペーンが始まった。そこでは十数件にのぼる盗聴事件、スパイ工作、不動産取得をめぐる疑惑、選挙での替え玉投票、事件のもみ消し、はては池田名誉会長の女性関係をふくむ私行上の問題など、さまざまな事実が明るみに出された。しかも、その内部告発者が、公明党初代委員長を父にもつ原島嵩氏(元聖教新聞主幹・前教学部長)、山崎正友元創価学会顧問弁護士といった池田名誉会長の〃側近中の側近〃であったから、この告発の信憑性は高いと見られた。都議選結果に見られるように、現在までのところ、これらの内部告発が公明党の党勢に直接影響を及ぼすところにはいっていない。しかし、〃宮本共産党委員長宅盗聴事件〃、〃山崎元顧問弁護士恐喝事件〃、〃『月刊ペン』事件〃など、創価学会をめぐる裁判事件の進展によっては、創価学会・公明党が大きなダメージを受ける可能性は残されており、今後が注目される。

役員
 公明党の本部役員の任期は二年である。現在の役員は八〇年一二月の党大会および大会直後の中央執行委員会で決定されたものである。(新)は新任、他はすべて再任である。

▽中央執行委員長 竹入義勝、▽中央執行副委員長 二宮文造、浅井美幸、多田省吾、▽書記長 矢野絢也、▽副書記長 石田幸四郎、鈴木一弘、田代富士男、渡部一郎、▽総務局長 長田武士、▽組織局長 田代富士男、▽議会局長鈴木一弘、▽宣伝局長 矢追秀彦、▽広報局長 坂井弘一、▽機関紙局長 市川雄一、▽青年局長 大久保直彦、▽婦人局長*柏原ヤス、▽国際局長 黒柳明、▽労働局長 石田幸四郎(新)、▽文化局長 多田省吾、▽教育局長 浅井美幸、▽中小企業局長*北側義一(新)、 ▽農林水産局長*藤原房雄(新)、▽国民生活局長*渡部通子、▽政策審議会長 正木良明、▽財務委員長 二宮文造(新)、▽国会対策委員長 大久保直彦、▽選挙対策委員長 大野潔、▽選挙対策事務局長 大川清幸、▽国民運動本部長 渡部一郎(新)、▽公害対策本部長*小平芳平

 ▽中央執行委員 伏木和雄、三木忠雄、藤井富雄、藤原行正、笠間肇、二見伸明、土師進(新)(以上*をのぞき中央執行委員)
▽中央統制委員長 白木義一郎、▽中央統制副委員長 竜年光、▽中央統制委員 星野義雄、宮崎正義、山田太郎(新)、▽会計監査委員 沖本泰幸、渋谷邦彦(新)、松尾正吉

日本労働年鑑 第52集 1982年版
発行 1981年11月30日
編著 法政大学大原社会問題研究所
発行所 労働旬報社
2001年9月18日公開開始


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