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日本労働年鑑 第50集 1980年版
The Labour Year Book of Japan 1980

第二部 労働運動

XIV 政党


6 民社党

3 大会・中央委員会
(1) 第二四回定期全国大会
自民・中道連合構想

 民社党第二四回定期全国大会は、一九七九年五月九日から三日間、東京都千代田区の九段会館に代議員三四五人を集めて開かれた。この大会は党役員の選出、七九年度の運動方針、組織活動方針、政策大綱などを決めるためのものであったが、役員については事前に佐々木委員長ら党三役の留任が決まっていたため、大会の論議は自民党との連立政権への参加問題を提起した運動方針に集まった。

 大会冒頭の委員長あいさつでも、この〃保守・中道連立政権問題〃が主としてとりあげられ、この問題にたいする執行部の積極的な姿勢が注目された。佐々木委員長あいさつの要旨はつぎのとおり(全文は『週刊民社』七九年五月一八日付、または『革新』七九年六月号にある)。

【佐々木委員長の第二四回大会でのあいさつ(要旨)】

(1)統一地方選では東京・大阪など首長選で完勝に近い勝利をおさめ、地方議員選でも議席数、得票数とも新記録の成果をあげたことを喜び合いたい。(2)内外情勢は一段と深刻化し、政治構造の面でも「五五年体制」は急速に崩壊しつつある。(3)私の基本的な考え方は二つある。一つは今後の政治転換の主役はわれわれ自身であるとの自覚にたって、党の拡大強化と責任野党勢力の結集にあたらねばならないことである。第二は、是々非々の現実路線に立って連合時代のあり方に大胆な検討を行うことである。(4)連合形態は多様であり、中道連合や政権党との保革連合も考えられる。また共通政策の幅によって小さな部分連合も、閣外協力的大幅連合も、保革連合政権もありうる。(5)ただし、この考えは従来の革新連合政権構想を修正するものではない。その過渡的段階における政権として位置づけるべきである。(6)近い将来、自民党単独政権が行き詰り、にもかかかわらず自民党の比較第一党の地位は揺がず、責任野党勢力はこれに及ばない状態が来ることは不可避的である。その時期における政権対応は責任野党として避け得ない問題である。この場合、完全野党の道だけでなく、閣外協力の政策連合や、更に連合政権への参加もあり得ることを明らかにして国民の批判を求める。(7)政治の流れは明らかに変り、立党二十年ようやくチャンスが訪れてきた。先輩の苦闘で綴られたわが党の歴史に転機がきた。党運を傾けてこのチャンスに挑戦しよう。新しい政治の流れを確定的にするため総選挙と参議院選挙に勝利しよう。

 一方来賓としてあいさつに立った天池同盟会長は、連合政権問題にかんし、つぎのような消極的見解を述べた。(1)革新政権樹立のためには連合時代をどう過ごすかがカギを握っている (2)連立政権か部分連合かはあらかじめ予見できない問題だ。そのときの主体的、客観的条件を考えねばならない (3)自民との連合といっても西独のような大連合にはならない。この不安的政権が失敗したときは、自民党の長期低落にまき込まれる恐れがある (4)革新政権の樹立に向けて、民社党の主体性を大事にしなければならない。

 また、前年から、相互の大会に委員長を送ってエールを交換している公明党の〃保・中連立問題〃にたいする見解が注目されたが、竹入委員長は来賓あいさつで「政治改革への訴えに深い感銘を覚え高い見識であると拝聴した」と述べただけで、具体的な評価はさけた。

大会経過

 大会には、このほか鈴木俊一東京都知事、関嘉彦民社研議長、竪山利文総連合議長、橋本孝一郎政策推進労組会議代表世話人、森田弥一全国中小企業団体中央会組織委員長が来賓として出席し、あいさつした。この後、党務報告、国会活動報告、統一地方選報告、決算報告、会計監査報告、統制委員会報告があり、満場一致承認された。つづいて議事に入り、一九七九年度運動方針をはじめとする諸議案の提案説明があり、質疑の後、役員選考委員会および三つの分科会に付託された。

 第二日は分科会討議で、(1)運動方針(2)組織活動方針、予算 (3)政策の三分科会にわかれて議案の審議がおこなわれた。

 第三日、各分科会の報告をうけ質疑ののちに各議案とも本部原案どおり可決された。ついで一九八〇年一月の結党二〇局年にむけて「民社党結党二十周年記念事業特別委員会」の設置が本部提案どおり決定された。さらに党員表彰、(1)一般消費税導入に反対する決議(2)雇用不安解消・完全雇用の実現に関する決議、の二決議の採択、衆・参両院議員候補の紹介とつづいた。つぎの役員選挙では「各役職とも、定数通りの立候補者なので、信任投票をはぶき、そのまま信任したい」との役員選挙委員長の提案が拍手で承認された。最後に大会宣言を採択して閉会した。

主要な大会論議

 大会論議の焦点となったのは、自民党政権への参加をふくめた連合政権構想であった。代議員からは、自民主導の連合政権参加にたいして「不安」「理解しにくい」「具体性に欠ける」といった意見が相つぎ、連合より党の主体性強化が先決だとする声が多かった。これにたいし、佐々木委員長は、つぎのように説明した。「民社党の最終目標は民主社会主義政権であり、連合時代では革新連合国民政権である。来年夏の参院選後に予想される政治状況は、自民党の単独政権は行き詰まるが、比較第一党であり、しかも責任野党勢力がなお自民党に及ばないという状況だ。その場合、野党全体で政権をとるか、自民党を含めて政権をつくるかの二者択一を迫られる。革命勢力と政権をともにすることは党是に反するから、現実には過渡的な政権として自民党を含めた政権を考えざるを得ない。そのようなことは、その時考えればよいという議論もあるが、それは責任野党として無責任な態度である。」「国民は自民党をつぶした後を不安に思っている。そこに自民党がつぶれない原因の一つがある。だからこそ自民党を含めた連合も考えなければならない。「(保革連立政権は)われわれの要求する政策を実現させるとともに、自民党を変質させることが大きなねらいだ。そのためにも何よりも民社党が大きくなることがカギだ。」「主体性の強化とは、排他性とは別の問題だ。主体性強化のためにまず民社党の自前の候補者をつくってほしい、候補者がいない場合は民社党に近い人、まず公明党あるいは中道四党、それに社会党の一部も考えればいい。公明党との共闘が困るという考えは五五年体制にすでに引きずりこまれているからだ。」

 また、七九年三月はじめに民社、公明両党の首脳間で「新党結成」を協議したと新聞で報道された問題について、佐々木委員長は「公民新党については、心からおわびをする。予算審議でゴタついたあとの酒席で、はずんだ話が報道陣に洩れてしまった」と陳謝・釈明した。

新役員

 第二四回大会で選出され、大会後の第一回中央執行委員会で選任された新役員は後記のとおりである。三役はすべて留任したが、局長などは一二ポストのうち九人が交替した。また、三人の副委員長がそれぞれ財政、組織、選挙対策を分担することになった。なお、常任中央執行委員会のメンバーは、三役、局・委員長のほか、安里統制委員長、春日常任顧問、曽禰顧問、小川泰中執(同盟政治局長)の二一人である。

▽中央執行委員長 佐々木良作、▽副中央執行委員長 (財政担当)小平忠、(組織担当)中村正雄、(選挙担当)向井長年、▽書記長 塚本三郎、▽副書記長 河村勝、▽総務局長 渡辺武三、▽組織局長 柳沢錬造、▽ 教宣局長 和田春生、▽機関紙局長 西田八郎(留任)、▽国際局長 渡辺朗、▽政策審議会長 大内啓伍、▽国会対策委員長 永末英一(留任)、▽ 選挙対策委員長 藤井恒男、▽市民団体対策委員長 田淵哲也、▽青年婦人対策委員長 木島則夫、▽政権ビジョン委員長 竹本孫一(留任)赤木省三、小川泰、小沢貞孝、柄谷道一、栗林卓司、三治重信、中沢いと子、中村弘、西村章三、本田広市、宮田早苗、山本悌二郎、吉田之久、和田耕作 ▽統制委員長 安里積千代、▽統制委員 井上計、加藤正蔵、高橋高望、戸部卯吉、中村利次、橋詰又一郎、村上源一、山田勝、米沢隆、和田一仁 ▽会計監査 伊藤茂夫、岡田助雄、神田厚、小林利、中井洽

 ▽常任顧問 国会議員選挙対策委員長 春日一幸、▽顧問 西尾末広、稲富稜人、受田新吉、曽禰益、滝田実、中地熊造、村尾重雄、門司亮 ▽組織局・青婦対委員会内の各対策委員長=地方議会対策委員長 吉田之久、労働対策委員長 宮田早苗、農林漁業対策委員長 稲富稜人、中小企業対策委員長 井上計、国民運動委員長 米沢隆、学生対策委員長 中野寛成、婦人対策委員長 中沢いと子

日本労働年鑑 第50集 1980年版
発行 1979年11月10日
編著 法政大学大原社会問題研究所
発行所 労働旬報社
2001年9月25日公開開始


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