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日本労働年鑑 第50集 1980年版
The Labour Year Book of Japan 1980

第二部 労働運動

XIV 政党


4 日本社会党

3 大会・中央委員会
第四三回大会

 日本社会党第四三回定期全国大会は七九年一月一八日から二〇日までの三日間、東京・一ツ橋の日本教育会館で開かれた。この大会は党役員人事はなく、七九年度運動方針、中期経済政策、それと飛鳥田委員長が党再生の基本として打ち出した「百万党」建設の三つが主要議題であった。

 大会第一日、まず、飛鳥田委員長が要旨つぎのようにあいさつした。
【飛鳥田委員長あいさつ(要旨)】

(1)この一年間は、党内論争で重病に苦しんだ直後の「基礎固め」の年であった (2)大平内閣の基本性格は福田内閣と変らない、ハト派のポーズに惑って対決姿勢を崩してはならない (3)連合時代の内実は保守支配の補完にすぎず中道各党は自民党政治の延命役を果している (4)国民の積極的政治参加をよびおこすため、大胆で新鮮な政策、運動を創りだす必要がある (5)社会党の「非武装、中立」路線は正しいが、問題はそれを具体化することだ (6)中ソ対立をはじめとする深刻な矛盾の底には「社会主義国家イコール平和勢力」という図式では解けぬ現実がある。連帯の基礎に、自らの主体の確立が必要だ (7)「百万党」の建設はわが党が勤労国民に依拠した政権政党としての実態を備えるのに不可欠で、理論・政策・運動・組織の全般にわたる党改革と不離一体である。いいかえれば、社会党のヘゲモニー、実践的指導性を高める以外に「百万党」への道はない。

 なお、当初の委員長あいさつの原稿では、これにつづいて「党がこれまで堅持してきた全野党共闘路線を左翼と中道派との共同闘争として位置づけ、党はまず強い求心力をもつ革新の主体を確立することによって、広範な戦線結集のカギを手にするという観点を貫くべきだ」と記されていたが、大会当日の朝、会場で開かれた中執委で、「左翼と中道の共同闘争と位置づけ」の部分につき多賀谷書記長から、(1)中道勢力を認知したととられ、(2)社共中軸路線という誤解を招く、との意見が出され、協議の結果、問題の部分は削除されることになった(『朝日新聞』一月一八日付夕刊)。速記録および『社会新報』一月二三日付によれば、この部分は「党はこれまでの全野党共闘を堅持するとともに、まず強い求心力を……」となっている。ただし、『月刊社会党』一九七九年三月臨時増刊に収録された「委員長あいさつ」では、この部分は削除されていない。

 「委員長あいさつ」をはさんで、槇枝総評議長、竪山中立労連議長、小方新産別委員長、上杉部落解放同盟書記長、作曲家の林光氏ら一三人が来賓としてあいさつした。このうちの一人は三ヵ月後に退任する美濃部東京都知事で「過去一二年間の社会党の協力に感謝し、社会党のルネッサンスを強く待望する」とあいさつした。

 このあと多賀谷書記長の一般党務報告、村山財務委員長の財務委員会報告、七八年度一般会計および特別会計中間報告、島上中央統制委員長の中央統制委員会報告がおこなわれ、質疑ののち諸報告は拍手で承認された。つづいて書記長から一九七九年度運動方針の提案があり、第一日目は終了した。

 二日目は小委員会審議で、「運動方針」「中期経済政策」「百万党建設」の三つの小委員会にわかれて論議がかわされた。

 三日目は、前日の小委員会審議の結果が各小委員長から報告され、それぞれ拍手で承認された。つづいて機関紙表彰がおこなわれたのち、諸決議に移り、つぎの八つの決議が採択された。

【大会決議】

(1)中央統制委員長・統制委員・会計監査の任期 (2)東京都知事選必勝 (3)米国ダグラス・グラマン・ボーイング三社の海外支払いと日本政府高官の干渉についての疑惑の解明 (4)七九国民春闘 (5)郵政マル生粉砕闘争の強化 (6)「元号」法制化反対 (7)故浅沼稲次郎元委員長殉難二〇周年記念行事 (8)宅地開発等指導要綱訴訟に関する後藤武蔵野市長支援

 このあと、大会前日に都知事候補に推薦された太田薫氏のあいさつ、石井全逓委員長の反マル生闘争の報告があり、最後に大会宣言を採択して閉会した。

主要な大会論議

 党務報告にたいする質疑や運動方針小委での審議を通じて、論議が集中したのは、(1)カンボジア情勢の評価 (2)中国の日米安保条約是認問題 (3)大平内閣にたいする姿勢 (4)中道勢力にたいする評価、などであった。また中期経済政策小委では(1)中期経済政策と政権構想との関係 (2)労働者の経営参加問題、など多様な問題がとりあげられた。百万党建設小委員会では、地方議員の党費減額にともなう地方党組織の収入減対策が中心テーマとなった。

〔カンボジア情勢の評価〕

 この問題については対立する二つの見解が出された。一方は、カンボジア問題はベトナムによるカンボジア侵略だとの立場から社会党の明確な態度表明を求めた(愛知・東山代議員、千葉・谷木代議員、東京・清宮代議員)のにたいし、他方は、人民を虐殺したポル・ポト政権は倒れるべくして倒れたのであり、この問題とベトナム側が自衛権を行使した国境紛争とは区別すべきだとのベトナム側の見解を紹介して、一方的な情報によらず事実の正確な把握を求めた(社青同・山崎代議員)。この問題について執行部は「カンボジア情勢は流動的で即断できない」としながらも、党としての判断を示すために、運動方針に「カンボジア人民が、すべての外部勢力の介入を排して民族自決を貫き、平和五原則にもとづく恒久平和を確立することを期待」するとの追加提案をおこなった。

〔中国の安保是認問題〕

 来日した中国のケ小平副主席が日米安保条約を肯定し、自衛隊の増強発言をしたのに、社会党が反論しなかったが、これでは有事立法反対闘争に力が入らない(岩手・川原代議員)、中国の見解にふれずに日中条約賛成だけ語るのはおかしい(愛知・東山代議員)、中国は数次の社会党との共同声明で安保廃棄のたたかいを評価してきたのに、いまやその態度を変えている。国際的信義の問題としても社会党の見解を明らかにすべきである(東京・高沢代議員)。これにたいし多賀谷書記長は、党の非武装・平和中立政策は不動であり、非武装問題ではかねてから中国と意見が対立してきた。安保では明らかに中国の態度は変わったが、社会党を名指しでいっているわけではないので反発する必要もない、と答弁した。

〔大平内閣への対応〕

 運動方針案が「大平内閣の〃田園都市構想〃に対決ではなく、党の中期経済政策を提示して、その実行を迫る」としているのは従来の方針と異なる(社青同・山崎代議員)とただしたのに、執行部は、〃田園都市構想〃は〃列島改造論〃の焼き直しであり、三全総と同じである。その正体をはっきりさせ、中期経済政策や自治体綱領にもとづく政策をもって対決し、その実行を迫る、という意昧だと説明した。

〔中道勢力の評価〕

 公明党はじめ新自由クなど中道勢力の評価、対処の仕方を明確にしてほしい(東京・高山代議員)。これについて多賀谷書記長は「中道のなかにも革新的な部分と保守的な部分がある。革新的な部分を拡大してわれわれの方に引きつけることは必要だ。ただ中道は路線がはっきりしない面があり、決定的な段階で大きな過ちを犯す危険性がある。社会党がイニシアをとりながら、これをまとめて保守と対決する姿勢が必要だ」と答えた。

〔中期経済政策〕

 前年度の大会で総論部分を第一次草案として検討したのにつづいて、最終案「日本経済の改造計画」が審議された。代議員から出されたおもな意見はつぎのとおりである。(1)この政策はどのような政権の下で実施されるのか明確でない(埼玉・山田代議員) (2)労働者の首切りを認めるような表現があるのは問題だ。社会党は、どんな場合にでも労働者の首切りは絶対認めるべきではない(千葉・大木代議員) (3)企業別組合の下で労働者の経営参加は危険である(大阪・三浦代議員)。

 これにたいし武藤政審会長は、(1)どういう政権ができたらこれが実現できるのか私にもわからない。しかしこの政策は自民党の政策にたいするアンチテーゼで、中期政策は国民の多数の支持を得てたたかう土台を作るものだ。政権構想は党の社会主義理論センターで検討する (2)社会党は首切りは認めない。しかし現実問題として失業の予防と発生した失業者にたいする政策を示すのは政党の任務だ(3)労働者の経営参加は、資本の側に取りこまれる危険性があるので、それぞれの組合の力量、歴史、力関係をふまえてやりなさいといっている、と答えた。

〔百万党建設構想〕

 百万党建設小委員会は非公開でおこなわれ、その討論は『日本社会党第43回定期全国大会速記録』(あたご速記・印刷株式会社発行)にも収録されていない。しかし『社会新報』七九年一月二六日付には個々の代議員と下平副委員長、森永組織局長らの討論がかなり詳しく報道されている。討論では構想の基本にたいする疑問、たとえば「班長制度は規約にふれるのではないか」「党の基本方針を承認するものは、だれでも入党できるとするのは、綱領・規約の軽視ではないか」といった質問が出された。これにたいし森永組織局長から「班長制度は支部機関を援助するもので、新入党員の受け入れ体制をつくるために必要で、規約にふれるものではない」「入党条件でいう基本方針とは、綱領・規約、政策、諸決議の総称である」と答弁した。

 論議の的となったのは、市町村議員の党費が、これまで国会議員、道府県議等と同じ一率一三%であったものを、歳費の月額に応じ一二%、七%、三%と減額することにともなう地方党組織の収入減対策であった。これについては、北海道、新潟など党勢が町村レベルに及んでいる道県を中心に強い不安が表明された。執行部は、当初県段階の減収部分の三〇%を中央本部から補填する方針だったがこれを七〇%に増額し、残りの三〇%は党員拡大を実現することで解決するとの態度を表明した。

第五五回中央委

 日本社会党第五五回中央委員会は七八年九月一三日、一四の両日、東京・一ツ橋の日本教育会館で開かれた。冒頭あいさつに立った飛鳥田委員長は、(1)有事立法阻止にむけ不退転の決意を固め、安保闘争を上回る闘争を組織すること (2)これら大衆闘争を通じて百万党の建設をすすめること、をよびかけた。このあと多賀谷書記長が「当面の政局とわが党の態度」と題し、党務報告をかねた政治報告を、宮之原選対委員長が総選挙および統一自治体選挙闘争方針を、さらに武藤政審会長が「中期経済政策についての中間報告」をそれぞれ提案、質疑ののち、いずれも原案どおり承認した。二日目は下平副委員長(百万党建設委員会事務局長)が「百万党建設の基本構想」についての中間報告を提案した。この報告をめぐって九八人の中央委員のうち二二人が発言し、六時間にわたって論議がかわされた。基本構想に批判的な立場からは、(1)党員百万人は非現実的だ。党友もふくめた百万党にすべきだ (2)集団入党制は党の労組依存を強める (3)入党の障害は高い党費や画一的任務付与にあるのでなく、党体質や魅力のなさにある、といった見解が提出された。これにたいし執行部は、(1)本隊(党員)の拡大に百万党論の精髄があり、党の大衆化が必要である (2)労働組合の現況をみても労働組合からの自立を追求しなくてはならない (3)いままでのやり方では成功しない (4)党友制度は現行どおりすすめてもよい (5)集団入党は労組だけでなく、農民、中小企業者など階層別に広範に結集し、活動する場を保障することだ、と答えた。これを受け、最後に飛鳥田委員長が「大綱として執行部原案を了承してもらい、組織技術上の問題は、皆さんの意見で補強し、さらに討議して党大会で成案を得たい」と集約し、これを満場一致で採択した。中央委は最後に、「有事立法は戦時ファッショ立法であり、粉砕のため全力をあげてたたかう」との決議を採択して閉会した。討論の詳細などは『社会新報』九月一九日付、諸議案の全文は『月刊社会党』七八年一一月号または『政策資料』七八年一〇月号にある。

日本労働年鑑 第50集 1980年版
発行 1979年11月10日
編著 法政大学大原社会問題研究所
発行所 労働旬報社
2001年9月25日公開開始


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