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日本労働年鑑 第28集 1956年版
The Labour Year Book of Japan 1956

第一部 労働者状態

第六編 労働者・農民の組織状況


第二章 農民の組織状況

第二節 農民組合員数

 日農はわが国農民団体の主軸をなし、結成以来急速に組織を拡大して一九四八年には一二〇万の組合員を有したが、その後、全農の分裂(第二回大会)、統一、主体性両派の分裂(第三回大会)、また統一派よりの常東の分離(第六回大会)など組織分裂をつづけ、農民運動の一般的停滞の中で、全体として組合員数を減少しつつ今日に至った。一九五二年末において、両派、その他を加えて日農の組織員数は三二万五〇〇〇人で、前年の四〇万七〇〇〇人にくらべ約八万を減じた。(もっとも本年度の調査には青森、富山、静岡、大阪などが不明であるから、統計上の減少が相当数あることを考慮せねばならぬ)。

 さて日農主体性派の組合員数は全国で一五万九千、比較的に組合員数の多い地方は新潟(四万五三四七)、岐阜(三万)、鳥取(一万四二二四)、徳島(一万六〇〇〇)等である。統一派は全国で八万五〇〇〇人余、その組織地盤は主として新潟、長野、愛知、愛媛等の諸地方である。秋田、佐賀等には、両派いずれに所属するか不明の組合員数がかなり多数存在している。以上の三者を合せ日農系組合員全体を地方別にみると、その組織の比較的くずれない、多数の組合員を擁する地方は、秋田、宮城、茨城、新潟、長野、岐阜、和歌山、鳥取、徳島、愛媛、佐賀などである。

 全農は総組合員一〇万一〇〇〇、前年より二万五〇〇〇ほど増加している。その組織の重点は岐阜(二万)福岡(二万七〇〇〇)であるが、大阪(不明)も従来から全農の主要な地盤の一つである。全日農は一万八干余人、全農連は北海道の八万二三〇人を筆頭に群馬(二万)、広島(一万五〇〇〇人)、福岡(一万一八四一人)の数県に集中し、その他の府県は組合員数が少いか、未組織である。不明の富山には、前年調査では二万五〇〇〇人の組合員があったことは考慮されねばならぬ。「その他の系統組合」の構成員は全国で六万二二一〇人で、東京、福井、北海道等に多い。この後者の組織は北海道開拓者連盟が主なもので、東京は三多摩農民組合等である。福井のものは農民連盟を主とする。以上の系統組合に属さない地方的な単独組合は全国に一二万八五九六人を数え、茨城(一万二七八〇)、長野(一万三六三六)、愛知(二万〇七〇七)等が多い。

 以上のすべての農民団体員の総計は七八万四九四〇人で、前年の一〇〇万〇二七八人にくらべ二一万五〇〇〇人余を減じた。一九五三年二月現在の農家数六一四万二二九三戸に対する農民組合員数の比率は約一三%弱である。階級的な性格を明瞭にしている日農系組合員数の農家数に対する比率は、右の比率より遥かに低い。地方別に農民組織状況がいちじるしい不均等を示していることと同時に、その組織率が年を追うて低下しつつある事実は否定すべくもない。このことは、青森、富山、静岡、宮崎等、組織状況不明の諸県を考慮に入れても同様である(第245表)。

 なお最近における農民組合員数、とくに組合費完納者の数は前掲の諸統計表より遥かに少数になっている模様であるが、正確には判明しない。ただ日農統一派総本部が発表した一九五四年度組合員数によると、総本部費納入組合員数は全国で、四五三七名である(「農民新聞」一九五五年二日一五日号)。県別にみると、栃木県連の七〇〇名が最多数で、新潟六〇〇、茨城二九〇、福岡二五〇、長野二三六、岡山二〇〇、大分一九〇名などが多い方であり、少数の地方は熊本(一〇)、東京(二〇)、山形(三)、山口(二〇)等である。日農主体性派については発表された数字がないので不明であるが、同様に組合員数、とくに組合費納入者数が激減していることは否定できないと思われる。

日本労働年鑑 第28集 1956年版
発行 1955年11月20日
編著 法政大学大原社会問題研究所
発行所 時事通信社
2002年3月5日公開開始


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