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日本労働年鑑 第26集 1954年版
The Labour Year Book of Japan 1954

第二部 労働運動

第四編 その他の社会運動


第二章 学生・青年・婦人運動

第三節 子供を守る運動
国際児童擁護会議

 これについては、一九五一年二一月ベルリンで開かれた国際民主婦人連盟定例執行委員会から、各国加盟婦人団体に対してこの会議の準備活動を行うようにとのよびかけがなされていたが、この「国際児童擁護会議」は、一九五二年四月一二日から一六日までの五日間ウィーンにおいて開かれ、集った世界六四ヵ国の代表五五八名に、日本からも紡績労働者松本タカ子さんが加わっていた。

 会議は、一、新しい戦争の危険から子供の生活と健康を守る問題 二、彼等の成長のための全般的な食料、住宅、医療の問題 三、全ての子供に教育と職業習得の機会をつくる問題 四、不健康な書物、ラジオ、映画から子供達を守り、適当なリクリエーションを組織する問題 五、髄癖の矯正と不良児の再教育 六、植民地、半植民地に多い放浪児、棄児の問題を解決する方法 七、年少労働者の雇傭の廃止と年少労働法制定の促進 八、全世界人民の民主精神を子供達に植えつける問題、などについて討議が行われ、各国国民に対して次のようなアピールを発表した。

 

子供はもっとも貴重な財産なのに各国では数千万の子供たちが飢えと心配と死におそわれています。日本とシリアの数千の両親たちは貧乏のために子供を売らねばなりません。多くの国では生きるために幼児が働らいています。

 子供たちの生活と幸福を守り、その知的、精神的成長を約束するために全力をつくしましよう。各国政府にこれらの権利の確保を要求し、児童保護法の施行を要求しましょう。軍備をへらして社会文化費、母親と子供のための支出を大巾にふやすよう要求しましょう。人種的偏見と戦争の宣伝をばくろし、これを非難しましょう。子供たちを救うために諸国民のあいだの平和を回復し強めるために全力をつくしましよう。各国で児童擁護委員会を設立し、その地方支部をふやしましよう。今年のメーデーを子供を守るための国際的団結の日としましよう。

日本子供を守る会
 「日本子供を守る会」の結成式が五月一七日衆議院会館で行われた。この会の趣意書、基本目標、規約、役員については次の通りである。
   
(趣意書)

 戦争が終って七年、わたくしたちの祖国日本は、ようやくまがりなりにも独立国として、再生の門出に立つことになりました。でも、このさき予想されるのは、苦難の多い道です。それをのりこえて、民族の運命を切りひらいて行くことは、まったく、いまの子どもたちに期待しなければならないわけです。

 ところが、その子どもたちをとりまいているのは、暗い世相と社会悪にみちみちた環境で、それが、子どもたちの心身もむしばみ、子どもたちを不幸におとしいれています。子どもは、生れでるまえに堕胎されてしまったり、生れてからも捨子にされたり、親子心中の道づれにされたりして、生命の危険にさらされています。生いたちにそうした不幸のなかった乳幼児も、高い死亡率のとりこになってしまいます。複雑な国際情勢のなかで着々と再軍備が進められているので、いつまた戦争にまき込まれるかもしれない有様ですが、そうなれば「原爆の子」の悲劇は、日本のすべての子どもたちの運命になってしまうことでしょう。

 このように、生命が守られず、人格が尊重されないということが土台になって、人身売買も体罰問題も、あとをたたぬばかりか、かえってひどくなっています。もともと根づよく残っていた封建的なよく圧が、逆コース時代の近ごろ、ふたたび大手をふるいだしているのです。

 そのうえ、ますます苦しくなる国民生活の貧しさが、子どもたちに重くのしかかっています。多くの少年少女は、家のくらしのために学業をはなれねばならず、子どもは安価な労働力としてこき使われることになります。

 こういう不健全な社会の毒花のように咲きみだれている文化が、子どもたちの魂を日ごとにくさらせていることを、見落すわけにはゆきません。たいはい的な流行歌やクイズをばらまくラジオ、正義の名において人殺しをたたえるような西部劇とかチャンバラ映画、おなじような内容の読物、マンガ、紙芝居などがはんらんしています。性的露出やクジばやりの社会的文化的環境が、どんなに子どもを堕落させていることか、考えてもおそろしくなります。このような悪環境のもとにあっては、単に一教師父兄がいかに誠意をもってしても、個人の力では子どもを守りぬいてゆくことはなかなか困難な状態であります。

 こういう有様になっている子供のことを心配している人たちは、けっして少くはないはずです。でも今日の子どもの不幸の源泉は、ひとりひとりの親心や教師の良心だけでは、どうにもならぬほど根が深く、いりくんでいるのです。子どもの幸福をねがっている人たちが手をとり合って、子どもを守る国民的な運動をおこさないかぎり、一つ一つの困った問題を処理することも、国家としてとらねばならぬ児童政策を確立することもできないわけです。

 そういう国民運動のよりどころとして、わたくしたちは「子どもを守る会」に結集したいと思っています。子どもの幸福をねがっている諸団体や、さまざまな分野の専門家たちが親や教師と手をとり合い、いっしょに相談したり、経験を交換して、共同の目的のために適切有効な対策を考えて行きたいのです。

 中央の「日本子どもを守る会」は全国的な接点から運動を推進するための連絡会議の機関です。同じ趣旨の会が、全国の各地域にできれば、学区域や、もっと小さな単位で、つまり主婦の集まりやすい規模で沢山つくられることがのぞましいわけです。これらの会が必要に応じて互いに連絡しあい、実際に働けるような態勢で、子どもを守る具体的な運動や啓蒙活動をすすめてほしいのです。

 わたしたちは、子どもを守る運動の基本目標を次のように考えています。この主旨に賛成される国民がひとりでも多く、この運動に参加してくださるように、わたしたちは心からねがっております。

   (基本目標)
一、私たちは児童憲章を完全に実現するために国民的な運動をおこします。
二、私たちは日本国憲法の精神にしたがって子どもを戦争から守ります。
三、私たちは子どもの幸福をはばんでいる悪い環境や条件をとりのぞくことにつとめます。
四、私たちは子どもが自分たちで強く正しく明るくのびてゆく力を養うように助けます。
五、私たちはそれぞれの立場から愛情と知性と技術とをもってみんなの力で子供の幸福をたかめます。
  (規約)
   名称
一、この会を、日本子どもを守る会と呼びます。
   組織
二、日本子どもを守る会は中央の組織です。

三、趣旨と基本目標に賛成の人々が集って、町でも村でも、日本国中、子どものいる所なら何処にでも、自由な形で、地域的に子どもを守る会を作り、その地域名を上につけて○○子どもを守る会とします。

四、中央と地域は、お互いに、情報交換を始め、あらゆる形で援助し合います。
   役員
五、日本子どもを守る会は会長一名、副会長二名を大会でえらびます。
六、実行委員会は、参加の団体代表、地域代表、学識経験者、主婦等から若干名えらび、構成し、大会につぐ決議機関です。
七、事務局長一名、事務局次長一名を置き、専務局と実行委員会が会の決定した事項を処理します。
   財政
八、参加の団体、個人が維持費を毎月出します。その他寄附、事業収入で会をまかないます。
九、地域の子どもを守る会は、参加者が適当に会費を出し合い、その一部を通信連絡費として日本子ども守る会に送り、のこりは地域の子どもを守る運動にあてます。
   (役員)
会長 長田 新
副会長 羽仁説子 神崎 清
事務局長 清水慶子
事務局次長 吉川久夫
社会環境委員会長 神崎 清
保健衛生委員会長 糸賀宣三
教育委員会長 宮原誠一
文化委員会長 佐木秋夫
財政委員会長 菅 忠道
事業委員会長 羽仁説子
組織委員会長 福島要一
   (中央の主な参加団体)

日本教職員組合。児童文学者協会。民主婦人協議会。婦人民主クラブ。児童劇作家協会。教育紙芝居研究会。東京紙芝居製作者協議会文化部。新映画作家集団。日本映画教育協会。日本童画会。民主栄養士会。日本赤十字子供の家。民主保育連盟。児童問題研究会。湘南母の会。東川小学校母の会。全国教育系大学生生協議会。明大児童研究部。東京少年劇場。劇団プーク。少年タイムス社。

 恐ろしい戦争から、現在の不健全な社会から子供を守ろうという運動は、一九五二年の二月頃から、秋田雨雀、羽仁説子、神崎清、壺井栄、国分一太郎氏等、四○名の手で具体的な動きとなって現われた。その後三月二二日第一回の「子供を守る準備会」がもたれ、この準備会によって四月横須賀たまらん節反対運動、五月八王子音頭反対運動が行われ、次いで「日本子供を守る会」の正式発足以来は、六月子供を結核から守る運動、八月原爆記念日の平和運動として「子供を守る大会」の講演会、九月良い紙芝居を作るため紙芝居業者と懇談会、一一月赤線区域反対運動と活発な動きを示しており、この地方組織も全国各地に伸びつつある。例えば東京都下三鷹・武蔵野子供を守る会では、各団体の活動に先がけて武蔵野市に建設されようとしている米軍宿舎設置反対のために立上り八月一七日抗議大会をもち、次のような決議文を吉田首相、衆参両院議長、武蔵野市長ならびに隣接市町村長などに提出した。

   
(決議要旨)

 武蔵野市に米軍宿舎ができるときいて私たち母親は非常に驚きました。三鷹市には終戦後二年ほど進駐軍用キャバレーがあって私達はずい分泣かされました。このような経験をなめてきた私達は立川市やあるいは遠く呉市等の市民の皆様には本当に同情して参りました。ところが三鷹、武蔵野の私達母親はまたこの悩みをもう一度体験させられるとは何という不幸なことでしよう。両市の市長さんや市会議員さんは一体知らなかったのでしようか。政府のえらいお役人さんは、こんなに母親と死ぬほど深い関係のある問題を何故私達に相談して下さらなかったのでしようか。でも過ぎさったことはくどくど申しません。お願いいたしますから米軍宿舎を武蔵野市に建設しないで下さい。子弟の教育は母親にとって一番大切なことで、もし万が一にも子女の純潔に過ちでもあれば母親は死んでも子に対して申訳できるものではありません。是非この私達の真剣な叫びを政府の方、市の理事者議員の皆さん聞きとどけて下さい。対外関係はあっても講和後の今日のことでありますから、皆さんがその気にさえなって下されば、私達の希望は必ず実現できるものと確信しております。

子供の日

 「良い子、強い子、けんかはしない。花はお日様、子供は平和を」のスローガンを掲げ、子供の日の五月五日「戦争玩具とむらい祭り」が大阪都嶋児童館母の会と関西主婦連合会の共催により大阪で開かれた。参加した子供やお母さん達は約一〇〇〇人、子供代表の平和の誓い「人殺ろしをする戦争はやめて下さい。これから戦争ごっこをやめてブランコや野球をして遊びます」があり、子供達のもちよった戦争玩具八〇○点がお母さん達の平和の日の丸の合唱のうちに焼きはらわれ、子供達はゴムマリ、絵本、鯉のぼり等の玩具をもらい、人形劇や紙芝居で楽しい日を送った。

全国児童文化会議

 映画やレコード、紙芝居など現在の不健全な児童文化を改善して児童の健康的な生活環境をつくろういう日本で最初の「全国児童文化会議」が、八月二二、二三の二日間東京において文部省主催で開かれた。厚生、労働、法務、国警など関係省長官、各都道府県の児童文化事務担当教育委員、各児童団体代表、PTAなど約四○○人が参加、総合議題「独立後における我国児童文化をいかにすべきか」について自由討議を行い、児童劇・舞踊部会、玩具・絵本部会、図書部会、映画・幻燈部会、紙芝居部会、童話部会、放送・レコード部会、施設部会等各分科会の結論が出された後、次のような五項目の宣言を発表した。殊に第五番目のものは参加者の激しい論争の結果加えられた意義のあるものである。

一、児童憲章は児童文化を貫く根本精神である。
二、児童文化の創造と育成には家庭、学校、社会の支持が要請される。
三、児童文化は地域の別、貧富の差から解放される必要がある。
四、児童文化を毒する露骨な商業主義などを抑制するため世論を組織化する。

五、児童文化の発展のためには民主主義の徹底、民族の完全独立、国際平和の確立が絶対の条件である。

総選挙に対する子供の訴え

 中学生ばかりで作られている「全国友だち会」(東京都武蔵野市吉祥寺三二〇法政大学第一中学校内三年二組)では、一〇月一日の衆議院総選挙をひかえて、子供のほんとうの考えを大人に訴えたいと約三〇〇人の会員から希望を集め、子供の希いを次のように訴えた(同会発行「全国友だち新聞」九月一五日号)。

一、子供を守る政府をつくってほしい。
二、憲法違反を堂々とするような政府に反対。
三、教育に熱心な政府をつくってほしい。
四、再軍備は絶対反対。
五、戦争をしない政府をつくってほしい。

 以上の五つのことがらを子供から大人に訴えたいのです。このことは絶対的に大人の人に守ってもらいたいのです。戦争からぼくらを守って下さい。平和な日本をつくって下さい。


日本労働年鑑 第26集 1954年版
発行 1953年11月20日
編著 法政大学大原社会問題研究所
発行所 時事通信社
****年**月**日公開開始


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