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日本労働年鑑 第26集 1954年版
The Labour Year Book of Japan 1954

第二部 労働運動

第三編 農民運動


第五章 農民組合総同盟の結成まで

第二節 農村社会主義政治力結集懇談会
協同社会主義連盟の結成

 三月二五日衆議院第二議員会館で協同社会主義連盟の結成大会がひらかれた。この組織は、すでに昨年末ころより戦前の産業組合運動家を中心に結成準備が行われていたものであるが、この春改進党結成に際し農協党が分裂して以来急速に具体化し、大会開催となったたものである。大会準備委員長小平権一氏の挨拶にはじまり、議長に宮城孝治氏を推し、つぎのごとき綱領規約などを決定した。本連盟は政治結社でも、農民団体でもないが反ファッショ、反共産主義を強調する団体で、右派社会党系の民主社会主義連盟とならび、反共農民戦線に一役を買うものとして注目される。会員には、全農、全農連系の農民運動家が多数参加しており、会長に小平権一氏、顧問には石黒忠篤、有馬頼寧、山本実彦、黒沢酉蔵氏が就任した。また協同社会主義とは、当日発表された「宣言」によれば、「民主的社会主義を日本的性格に強化したものである」といわれている。宣言、綱領、役員氏名つぎの通り。

   
(宣言)

 戦後の日本の変革は大きなものであった。この大きな変革のために国民はその途にまよった。あるものは右しあるものは左する。右してフファッシズムになり左して共産主義になることはわれらの肯じないところである。

 真の民主主義の実現は正しい社会主義によってのみ達成される。社会主義は資本主義に対立する指導原理である。しかし、社会主義は各国各国民の社会条件のちがいによって、その実践の理念と方法を異にするものであって、画一公式的なものではない。

 われわれの協同社会主義は日本の国民的条件の中に良識として発展した。それは戦後七年の経験と闘争によって、今や全農村と都市大衆の間に、火のような確信をもって把えられ実行されてきたものである。協同社会主義は西欧諸国家諸民族のそれぞれ独自性のある社会主義と同じように、真に日本の社会条件の中に生れ育った社会改造の実践理念である。すなわち協同社会主義は民主的社会主義を日本的性格に強化したものである。

 これこそわれらの目ざすところのものである。
 本日ここに全国の共感の同志が集まった、そして綱領をきめ規約を定めて協同社会主義連盟を発足することとなった。
 連盟をして新生日本の進むべき道を明示せしめよ。
 連盟をして自立日本の正しき信念の把握者たらしめよ。
 連盟をして世界平和の正しき道を歩ましめよ。
   (綱領)

一、社会建設の指導理念を人類の経験と理性の指向する協同社会主義にとり、資本主義秩序を改革して万人の自主と協同を両全し、社会正義を実現すべき新秩序によって民族協同の運命の発展を期す。

二、世界の平和と繁栄を保障する国際協同社会の確立に努力する。
三、各国家、各国民の自主的協同と個人人権の自由を脅威する強権と独裁に対し、民主主義の平和と自由を防衛する。
四、資本主義の階級的基本関係を解決するため、産業における民主性と生産性を保障する協同組織を実現し、万人の勤労と社会公益を原則とする協同社会主義経済を確立する。
五、社会生活文化における福祉享有の公正と全人民の生活及び機会の均等される民主的協同社会の建設を期する。
   (役員)
 会長 小林権一
 理事長 時子山常三郎
 理事 東隆、石川準十郎、稲富稜人、奥むめお、小平忠、寺崎覚、川野重任、安孫子藤吉、吉田正、宮部一郎、宮城孝治、内藤有明、外二四名

 顧問 有馬頼寧、山本実彦、黒沢酉蔵、石黒忠篤

農村社会主義政治力結集懇談会

 五月一五日、右派社会党の新農村建設派(三宅氏等)の提唱により、全農、全農連、民主社会主義連盟、協同社会主義連盟等の団体役員と、社会党、農協党の幹部が集合し、「民主的社会主義政党の合同を促進するための」懇談会が開かれた。これは農民団体の統一運動を、右派社会党中心の政治運動によって指導し推進するものと見られたが、席上まず、三輪寿壮氏は、反共反ファッショの線であらゆる党派を抱擁し大同団結の道をひらきたいとのべ、農協党の小平忠氏は改進党結成に伴い分裂した同党の実情を語り、平野氏らの社民党にも呼びかけることを希望すると語り、三宅正一氏は社会党と農協党の合同からまず手をつけてゆくべきだと主張した。また杉山元治郎氏は、農民団体は政党関係で分裂をくりかえして来たが、政党がある一線でまとまれば農民団体の統合も促進されるから、この点に着目して政治的に解決すべきだとのべ、右派社会党の吉田正氏は、強力な社会主義政党の結成のために協議会をつくり、組織的に農村の政治力結集に努力すべきだと主張した。

 農民協同党では六月五日、拡大中央委員会をひらき協議した結果つぎのごとき三原則を再確認した声明を発表し、社会党右派との合同への道をひらいた。
   
(声明書)

 ……農山漁民、勤労者、中小企業者を主体とした一切の健全社会主義政治力の結集を今こそ急速に実現し、国民生活を安定すベき秋であると確信する。依って左の三原則を再確認し広く院内外同憂共感の士に呼掛け穏健なる社会主義新党の樹立運動を強力に推進する。

一、民族の完全独立を達成し得る政党たる事
二、農山漁村民及び国民勤労大衆を主体とした政党たる事
三、反ファッショ、反共産主義の協同社会主義を基調とする政党たる事
 右声明する。
   一九五二年六月五日
               農民協同党拡大中央委員会

 かくて同日夜、社会党右派と農協党代表者間に協議会がもたれ、合同への一歩がふみだされるにいたった。また社会党右派は六月六、七両日の中央委員会で、いわゆる新農村建設運動の基本方針を決定したが、その大要はつぎの通りである。

   
(新農村建設運動基本方針)
               日本社会党(右派)中央委員会
(1) 新農民組織は組織の基盤を生産におくことを目標におき、その構成はひろく耕作農民の立場をとる。
(2) 組織形態としては農業経営ならびに農民生活の地域的特殊性を考慮して単位組織を中核とした強力な連合組織体をつくる。
(3) 農民組合と農業協同組合、農民組合と政党との関係を明確にし、職能の分化とその有機的提携の方式を明らかにする。
   (実行方針)
(1) 日農は党支持関係者の内部的連繋をはかるため、党組織の線にそい、県、郡、市町村別に農村対策委員会を作り党よりの通達、情報、新聞の配布等を通じ連絡する。
(2) 全農、日農など農民組織の健在する府県においては、ますますその組織を強化するとともに、他の農民組織との共同闘争を推進する。
(3) 農民組織が無いか、あるいは弱体化している府県においては農村対策委員会を中心に、新農村建設運動を展開し、その同盟体をつくる。
(4) 以上の体制が完成する段階に応じ、全農、日農、新農村建設同盟その他の農民団体とともに、県および全国の段階に新農村建設連盟をつくる。(下略)

 なお総選挙後の一〇月一〇日、社会党右派の議員は、杉山元治郎、川俣清音、井伊誠一氏らを役員とする農村議員団を結成し、同二六日の会合で早急に農民戦線統一を斡旋することを決定した。なお平野氏の率いる協同党は社会党右派に合流し、農村を基盤とした右翼社会主義勢力結集に努力を集中することになった。

日本労働年鑑 第26集 1954年版
発行 1953年11月20日
編著 法政大学大原社会問題研究所
発行所 時事通信社
****年**月**日公開開始


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