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日本労働年鑑 第25集 1953年版
The Labour Year Book of Japan 1953

第二部 労働運動

第五編 労農政党


第三章 共産党(つづき)

 (四)
 サンフランシスコ会議開会前日の九月四日、共産党臨時中央指導部員を中心とする幹部(国会議員四名を含む)一九名に、政令三二五号違反容疑で逮捕状がだされた。その氏名は、つぎのとおりである。

 椎野悦朗、河田賢治、鈴木市藏、杉本文雄、輪田一造、保坂浩明、福本和夫、岩田英一、山辺健太郎、西沢隆二、岡田文吉、岩本巖、上村進、砂間一良、川上貫一、細川嘉六、堀江邑一、木村三郎、西館仁

 共産党にとって、この事件は、朝鮮開戦直前の一九五〇年六月、中央委員二四名が追放になって以来の大きなできごとであったが、じっさい逮捕されたのは、福本、岩田、山辺、上村、砂間,川上、細川、堀江の八名で、他の大部分は「地下潜行」した。

 同日、共産党国会議員団は、「共産党幹部にたいする弾圧にかんし全国民に訴う」声明を発した。
 一、九月四日早朝、検察庁は占領政策違反を理由に、共産党臨時中央指導部議長椎野悦朗氏、国会議員団長細川嘉六氏らをはじめ、十有余名の党幹部に無法なる逮捕状を発し、全国に亘り不当なる家宅捜査と検挙を行っている。

 これは明らかに本日サンフランシスコにおいて開かれんとする単独講和会議の陰謀を強行するためであり、平和を愛好する全国民のこの陰謀に反対する運動を弾圧するためである。

 二、今や全世界の平和勢力、特に日本帝国主義の侵略を受けてきたアジア諸国の平和勢力は、サンフランシスコにおいてたくらまれつつある対日単独講和と日本の再軍備に猛然と反対しており、真に国を愛する日本の全国民も政党政派を超越し、思想信仰の如何を問わず、この祖国をアジア侵略の基地とし、再び戦争にまきこまんとする陰謀に反対している。このことは、既に五百万を突破した平和投票乃至講和投票、八月一五日及び九月一日の全国的な平和の大衆集会、示威運動、殊に労働階級のこれへの大衆的参加にハッキリ表れている。

 全面講和・占領軍の撤退・民族の独立・世界の平和は、今や全国民の強い要望であり合言葉である。
 三、この全国民の民族解放斗争の先頭に立って斗いつつあるわが党は、最近党内の態勢を政治的にも思想的にも統一した。わが党の正しい政策、平和と独立の政策は深く国民の中に浸透しつつある。

 昨春来誤って分派に走った諸君の大多数も今や民族の危機を前に自己批判してわが党に復帰し、内外の反動勢力と徹底的に斗い得る陣容を固めつつある。
 四、反動吉田政府の今回の弾圧の意図が那辺にあるかは、余りにも明瞭である。吉田一味は、平和に対する全国民の要望、全面講和に対する全国民の熱望をこの弾圧によってふみにじろうとしているのだ。

 五、だがわれわれは断じてかかる弾圧に屈しない。昨年の六月中央委員の追放以来、打ちつずく機関紙その他の弾圧にもかかわらず、党は国民大衆との結合をますます深め、民族解放の斗いを飛躍的にすすめてきた。今回の弾圧も決して党と民族のこの結合を破壊することはできない。われわれは正しい政策と指導の下にますます結合を強化し、平和の旗、民族独立の旗を更に高くかかげて全国民と共に進むであろう。民族と党は不滅である。

 ファッショ的弾圧反対!
 言論・集会・結社の自由を守れ!
 単独講和反対、再軍備反対!
 全面講和、全占領軍の撤退!
 吉田売国政府を倒せ!
 民族解放民主政府を樹立せよ!
 翌五日、共産党国会議員団は、各労働組合などに、抗議運動を展開するよう申入れたが、産別会議は、同日これにこたえて、「いかなる弾圧も平和と独立をめざす日本労働者の闘志をくじくことはできない」と、つぎのように声明した。

 これは共産党だけの問題ではない。総評も、平和四原則をあくまでまもれば全労連の二の舞をふむことになると、エーミス労働課長によって警告されている。
 共産党中央委員が追放になったのは、朝鮮で戦争がおこる直前のできごとであった。その直接・間接の影響で、われわれ働くものの生活がどんなに苦しくなったか、そして、どのような大きな犠牲をはらわせられたかは、だれの眼にもあきらかであろう。

 こんどの共産党にたいする弾圧も、全面講和で日本の平和と独立をまもりとおそうとする進歩的思想や民主的運動にたいする弾圧であることは、すでにあきらかなことである。大橋法務総裁は「この逮捕は政治的意味はない」といっている。しかし、これほどふかい政治的弾圧はほかにないであろう。

 総評も「言論・集会・結社の自由」のスローガンをかかげ、傘下の組合のなかで共産党非合法化反対の決議をしているものも多い。真の自由をまもり、民主主義をまもるために、日本のすべての労働者は、いまこそ、平和を愛し独立をねがうすべてのひとびとともに、たちあがらねばならない。

 九月六日、さきに逮捕状がだされた全員一九名は公職追放処分にふされ、参議院議員細川嘉六、衆議院議員河田賢治、上村進、砂間一良、東京都教育委員堀江邑一は、それぞれ議席および資格を失った。この間の事情については共産党国会議員団の一一月八日付「国会議員らの公職追放問題についての経過のおしらせ」に詳しい。

 何万人という国民から公選された議員諸君が、一行政官庁である特審局から無責任な告発をされ、その結果、「このましからざる人物」として、一方的に政府によってその公職から追放されることがゆるされるならば、いまや民主主義の根本は破壊され、国権の最高機関である国会の権威はじゅうりんされ、軍閥・特高時代、すなわちファシズムの復活以外のなにものでもないと存じます。

 情報によれば、左のごとき特審局の資料と告発によって、本年九月四日、八名が逮捕されたのであります。
 逮捕請求書
 (一)法務府特審局長の告発状
 (二)臨時中央指導部指令、臨時中央指導部通達、資料など原本五通
 (三)法務府特別審査局中国支局長の執行報告書写し一通
 (四)法務府特別審査局柴田真賢作成の「臨時中央指導部員について」と題する報告書一通
 しかして九月六日には、公職追放処分が、なんら公職適否審査委員会(現在は廃止)の審査を経ることなく、政府より発表され、ついで九月七日には左のごとき拘留状にもとづいて身柄を拘留されたのであります。

 九月七日附拘留状の「被疑事実」
 被疑者は、日本共産党臨時中央指導都の構成員であるが、他の同部構成員と協議の上、昭和二六年七月中旬ごろより同月下旬ごろまでのあいだ、東京都内において、連合国占領軍にたいして反抗、反対し、かつ連合国にたいする虚偽または破壊的批判を記載した。

 (一)一九五一年七月二三日附臨時中央指導部指令「朝鮮停戦の成功のために、さらに斗争を発展せしめよ」と題する文書
 (二)一九五一年七月二三日附臨時中央指導部指令「宣伝攻撃を一せいに強化せよ」と題する文書
 (三)一九五一年七月二六日附「印刷活動強化のために訴える」と題する文書
 (四)一九五一年七月二二日附臨時中央指導部通達「朝鮮における外国軍隊の撤退要求の支持斗争を組織せよ」と題する文書
 (五)一九五一年七月一九日附資料「日帰同中央常任委員会に巣くうスパイ山口鉄男について」と題する文書
をそれぞれ多数作成の上、同月下旬ごろ、これら文書を日本共産党鳥取県委員会その他、同党全国下部機関にそれぞれ配布し、もって団体等規正令第二条第一号、第三条、占領目的阻害行為処罰令第一条に違反する行爲をなしたものである。

 一方、岡崎官房長官は、公職追放の理由として「これらの諸君は臨時中央指導部員であるとの確証によって追放した」、「その証拠はいずれ法廷であきらかにする」と言明していたのでありますから、形式的に刑事処分と行政処分とは別個であるという詭弁にもかかわらず、じっさいは、刑事上の証拠が全然見当らない以上両方ともまったく証拠もなく、根拠なきことが明白となったのであります。

 一〇月一九日、細川、砂間、堀江の諸君が直接官房長官に抗議したさいにも、長官は左のごとくこたえているのであります。
 問「追放の主管者と責任者はだれか。」
 岡崎「今回の追放の主管は、特審局の調査にもとづく大橋法務総裁の判断によるものであって、責任者は総理大臣である。審査委員会の審議はへておらない。」
 問「追放の理由はなにか。」
 岡崎「臨時中央指導部の実質的メンバーであったことと、臨時中央指導部から出たこのましくない指令について責任があることである。」
と答弁しているのであって、これは刑事上の逮捕拘留の理由とまったくおなじであるから、刑事上の証拠がみいだせないかぎり、当然、公職追放も解除されるべきものであります。
 ところが、不思議にも政府は、国内的にこのような窮地においこめられますや、突然その態度を一変して、すべての責任は連合軍最高司令官の指示によるといいだしてきたのであります。

 たとえば、一〇月一七日の法務委員会において、社会党の猪俣君の質問にたいし、大橋法務総裁は
 「共産党の諸君一九名の九月のはじめにおきまする追放の問題でございまするが、この追放は、前回申しのべましたるごとく最高司令官の措置としておこなわれたるものでございまして、それがいかなる理由によって追放せられたものであるかという点は、当然最高司令官において考えられたものであります。」

と答弁し、前言をひるがえしているのであります。
 ところがこれより以前、九月一八日、法務総裁は、おなじく法務委員会において、梨木君の質問にたいして
 「すべての公職の追放につきましては、形式上、日本政府の権限になっておりますから、実質的の認定は日本政府がやるたてまえになっております。」
と答弁しておるので、この点を猪俣君から追及されるや、大橋法務総裁は
 「速記をみまして、私も、これは梨木委員に申上げた答弁がまちがっておるとおもいまして、いまあらためておるわけであります。」
との醜体を呈しておるのであります。
 また梨木君の「昨年六月六日の徳田氏はじめ日本共産党中央委員追放のさいには、マッカーサー元帥の指令によれば、二四名の個人の名前が明確に指示され、特定されている。したがって、この指令を日本政府がかってに拡張解釈して、こんどのごとく日本政府の判断で、かってに一九名の追放をすることは、たんに共産党の議員にたいするのみでなく、一朝、立場を異にすれば、すべての国会議員にたいする基本的人権を侵害することになるのではないか」との質問にたいして

 「最高司令官の指令であります。」
 「最高司令官の解釈であります。」
とのみ答弁し、その責任を回避しているのであります。
 また、追放の理由にたいする梨木君の質問にたいしましても、法務総裁は
 「公職追放の理由は、ただいま申上げる段階ではない。」
とにげ、参議院において九月六日、法務府特審局吉橋次長の
 「政府は、日本共産党の臨時指導部全員一九名にたいし、覚書第五四八号、第五五〇号および一九五〇年六月六日附書簡の趣旨を実施するため、右覚書第五五〇号にもとづく昭和二二年勅令第一号により、本日、公職より追放指定措置をとったものである。」

との説明にたいし、一〇月一七日の衆議院の法務委員会で、法務総裁は
 「当時、説明員をして説明させたのでございますが、のちに私速記録によりまして調査いたしましたところ、この説明はかならずしも当をえておらぬ、こう考えまして、現在においては、説明申上げる段階ではない…。」

としらじらしくもにげておるのであります。
 以上の経過によってあきらかなことは−
 一、刑事責任については、まったく証拠がないことがあきらかとなった。
 二、したがって、これと同一理由によってなされた公職追放は、とりけされるべきである。
 三、もしかかることが許されるならば、何万人の選挙民によって公選された議員も、たんなる特審局のまちがった政治的認定にもとづいて、公職を追放されることとなり、これは、あきらかに特高政治の復活であり、民主主義の根本を破壊するものである。

 四、政府は、当初は日本政府の責任においてこのたびの追放をしたと言明していたにもかかわらず、いまやまったく、その責任を司令部に転嫁してきた。
 五、公職追放をなすべき指令は全然でておらず、最高司令官の指令をかってに拡張解釈している。
 六、この間、一日数百ヵ所におよぶ家宅捜査、議員会館内の武装警官による押収捜査の強行、議員にたいするスパイ、尾行等が公然と行われた。
等の事実であります。
 なお、逮捕された八名のうち、岩田英一、川上貫一の二名が起訴されたのみで、他は証拠不十分の理由により、九月二六日、釈放された。

日本労働年鑑 第25集 1953年版
発行 1952年11月15日
編著 法政大学大原社会問題研究所
発行所 時事通信社
2000年8月10日公開開始


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