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日本労働年鑑 第25集 1953年版
The Labour Year Book of Japan 1953

第二部 労働運動

第一編 労働争議


第二章 主要な争議

第九節 鉄鋼労連の争議(つづき)

 三、越年資金闘争
 鉄鋼労連では一〇月二五−二七日の三日間にわたって臨時大会を開催した。同大会では、鉄鋼労連をあげて最悪の場合は実力行使に伴う戦術指導の一切を労連中闘に一任することを前提とした越年資金獲得の為の闘争を行うことが確認され、四グループ別の要求金額目標、要求提出日、回答指定日、闘争の連絡、支給期日を含めて統一した線を打出した。その要旨は次の通りである。

一、性格 (一)越年迎春準備のための特別支出増のための給付、(二)春期賃上げ以降の物価上昇によって生じる実質賃金の低下分に対する補償、(三)利潤分配。
二、要求提出日 一一月一一−一三日に一斉提出。
三、回答指定日 一一月二二日。
四、斗争の連絡 一一月二六日の中斗で会社回答の検討と戦術調整。
五、斗争の山 一一月二六日から一二月二五日迄の間に実力行使
七、要求金額
 (一)Aグループ(一貫)手取二五、〇〇〇円を要求目標として立案。
 (二)Bグループ(平炉)税込二〇、〇〇〇円程度。
 (三)Cグループ(単圧)税込三〇、〇〇〇円程度。
 (四)Dグループ(二、三部)税込一五、〇〇〇円程度(月収の一ヵ月分)。
八、鉄鋼労連の全組織をあげて統一斗争を行い、最悪の場合は実力行使を含め戦術の一切を中斗に一任する。
九、最悪の場合、鉄鋼労連の同盟罷業をも敢て辞さないことを決定する。

 以上の方針にもとづいて、各労組の要求提出は、東洋鋼板労組のごとく一〇日も早く一一月一日提出、川崎製鉄葺合労組(秋季賃上がずれたため)は十数日おくれて一一月二六日提出というようなこともあったが、大体一斉に行われた。一方、回答指定日に会社回答のあったところは六組合にすぎなかった。

 労連本部は一一月九日の第一回中闘での決定に基き、一〇日に要旨次のごとき「闘争指令第二号」を指令した。
 一、一一月二二日回答指定日迄に闘争態勢確立の準備を行う。
 二、会社回答促進の戦術 二二日迄に誠意ある会社回答をうるよう経営者に警告、督促する。
 三、闘争態勢確立の時期 二八日迄に無記名投票を実施して実力行使指令権を中闘に委譲する。
 四、二六日代表者会議、二七日中闘をひらく。
 更に、二七日中闘では二八日迄の指令権の中闘一任を三〇日に変更し、平和的交渉を一二月三日までに切りあげ、一二月五日以降実力行使、三日に代表者会議・中闘を開催、単組の妥結は中闘の承認を要する等の諸決定を行った。そして、

 日本製鋼室蘭は一二月一日から四八時間ストを独力で実施し、富士製鉄が五日に八時間スト(製鋼圧延部門)、一〇日に二四時間全面スト、日本鋼管川崎が六日に二四時間スト(製鋼圧延部門)、一〇日に日本鋼管連合会が二四時間ストと相次いで実力行使に入ったが、年内に大方妥結をみた。鉄鋼労連傘下各労組の妥結状況は次のごとくである。その獲得率は多くは七、八〇%で、中には要求額の五〇%に止まったのもあったが、日本製鋼室蘭のように四八時間ストに続く無期限ストによって、税込一五、〇四五円の要求に対しその回答僅か二、〇〇〇円に過ぎなかったものを、年内手取九、五〇○円全額支給という大きな成果をあげえた闘争もあった。

 

鉄鋼労連傘下越年資金闘争状況
組合名 要求額 最終回答(妥結)額 妥結 備考
Aグループ    円    円   月  日
 八幡製鉄 手27,000 手20,000  一二・一五 二月末払3,000を含む
 富士連合 手28,000 手20,000  一二・一四 前回支払3,000を含む
 鋼管連合  32,000  23,000
 小倉製鋼  20,000  10,000  一二・一二
Bグルーブ
 扶桑製鋼  20,000  19,830  一二・三
 神鋼労連  19,500  16,005  一二・七
 川崎労職 手14,400  18,380  一二・一五 回答は税込である
 中山製鋼  21,000  18,000  一二・六
 日亜第三  20,500  16,100  一二・八
 東都製鋼  17,000  15,300  一一・三〇
Cグループ
 東洋鋼板  33,200  18,000  一二・一二
 徳山鉄板  41,544  29,500  一二・一二
 日本鋼業  12,704   2,000        会社人員整理をほのめかす
Dグループ
 日鋼室蘭  15,045 手 9,500        全額年内支給(回答は手取)
 関東澁川 13,000 13,000  一二・一二
 久保田連 手11,000 手 8,000  一二・八  一月より物価手当1,462円支給
 神戸鋳鉄  30,000  20,000
 土佐電鋼  20,000  13,000  一二・六
 長崎製鋼  25,000  14,000  一二・一二
 村上工業  22,500   3,500        人員整理は会社撤回
(註)手は手取、その外はすべて税込。鉄鋼労連中央機関紙「鉄鋼労連」第二八号、一九五一年一二月一七日による。

四、労働法規改悪反対斗争
 鉄鋼労連は九月中旬の第三回中央委員会で「労働法規改悪反対のために実力行使を決行する」態勢を確立することを決定し、一〇月の臨時大会では「反対闘争のために、労闘と共闘し、実力行使の指令権を鉄鋼労連中闘に委譲する」ことを無記名投票によって可決し、「加盟組合は一一月一一日までに実力行使の決定とその指令権を労連中闘に委譲する」ことをもあわせ決定した。その後「労闘」は一一月七日を期して一斉に時限ストを行うと宣言し、鉄鋼労連もまた「中闘指令第一号」として「各組合は一一月一七日、午後から二−三時間一斉職場大会をひらけ」と指令を発した。その後、治安立法案も政府内部の事情から臨時国会への上提が不可能だという情勢判断にもとづいて、「労闘」は戦術転換してストを中止した。鉄鋼労連もそれに同調し、「指令第三号」をもって一七日の職場大会は「平常の場合の職場大会」に切りかえ「労使協定の範囲内でひらく」という趣旨の変更を行った。しかるに、日鋼室蘭、富士室蘭、同釜石、同広畑、岩手製鉄、関東澁川、久保田隅田川、日本鋼管川鉄、同鶴鉄、神鋼連合七単組、中山製鋼、扶桑製鋼、東洋鋼板、日本鋼業、久保田尼崎等二三単産(組合員約六万二千名)では一〇月の臨時大会の決定にもとづいて、一般投票により、いずれも圧倒的多数をもって実力行使およびスト指令権の中闘委譲を決定し、実力行使の決意をかためていた際でもあったので、「既定方針通り(指令一号)行うべし」という意見が出され、「若干の情勢変化によって変更する必要なし」という声が強かった。殊に関西地協委員会の意見は強硬だったが、一七日には指令三号により、あるいは富士製鉄の場合のように会社の中止勧告を一蹴して、全員大会または職場大会をひらいたところが多く、それぞれに「弾圧三法・労働法規改悪反対」、「労働者の基本的人権をはく奪しその上において労働強化と低賃金をおしつけんとする保守反動政府およびそれにつながる資本家階級に対してあくまで闘うこと」等を決議した。

 五、労働協約闘争
 日本鋼管川鉄の協約闘争は一九四九年九月三〇日旧労働協約失効以来数十回に及ぶ団体交渉によって続けられ、五一年六月には労組がストをかけての強硬態度を示すに及び、労委の調停、斡旋もあって漸く労資の妥結を見るに至り、七月一四日正式調印を了った。

 一方、鉄鋼労連本部は七月上旬その態度として、(一)客観情勢からみて無協約は結局職制支配の実績を増大さすことになるから、当面「名をすてて実をとる」という戦法をとりながら協約締結を促進する。(二)統一労働協約締結は来年八、九月頃を目標として充分準備する等の決定を行い、その後、川崎製鉄、富士製鉄、神戸製鋼、八幡製鉄と相次いで新協約の締結をみた。次に、日本鋼管川崎製鉄における労働協約締結交渉の経緯を概観すれば次の通りである。

 一、神奈川地労委の調停案提示までの経緯。
 一九四六年一〇月、旧労働協約締結。
 四九年六月、旧労働協約中非組合員並に組合活動に関する件改訂申入れ、八月、改訂協約会社案申入れ、九月、旧協約失効、一一月就業時間中の組合活動に関する協定成立、一二月、改訂労働協約組合案申入れ。

 五〇年二月、労働協約締結に関する団体交渉開始、八月、これまでの交渉経過および対立点を確認整理(第四〇回目)、九月−五一年一月、組合役員改選およびレッド・パージのため交渉一時中絶。

 五一年二月、団体交渉再開、四月、第五二回目の団体交渉をもって交渉決裂、神奈川地方労働委員会に対し、組合より調停申請、会社はこれを受諾、五月、神奈川地労委より会社ならびに組合に対し調停案提示。

 二、五月三一日、神奈川地労委から提示された調停案に対し、六月九日、組合側は拒否、会社側は条件付受諾の回答を行ったので、調停委員会は直ちに斡旋に移った。翌六月一〇日、再び提示された斡旋案に対して、今度は組合側のみ受諾、会社側は非組合員の人事について組合の介入する部分を拒否したため、交渉は再び決裂、組合は闘争宣言を発し交渉は危機に瀕した。六月一五日に至り「組合員の人事」なる文言を非組合員も含めた意味における「従業員の人事」と修正する再斡旋案の提示となり、双方これを受諾、一六日協定書案成立、同二〇日に協定書の調印が行われた。その後、協定書を協約条文に移し入れる等の条文整理に入り、六月末までに協約全文に亘る条文整理を完了し、七月一四日協約書調印となって、二年にわたる協約闘争に終止符が打たれたのである。

日本労働年鑑 第25集 1953年版
発行 1952年11月15日
編著 法政大学大原社会問題研究所
発行所 時事通信社
2000年8月10日公開開始


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