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日本労働年鑑 第24集 1952年版
The Labour Year Book of Japan 1952

第二部 労働運動

第四編 その他の社会運動


第二章 婦人運動

第一節 婦人の平和擁護運動(つづき)

 六、婦人の平和運動と労働組合 労働組合に組織されている婦人が先頭となって平和を切望した。産別、総同盟をとわず「全面講和」「再軍備反対」のスローガンのもとに結集した。終戦記念日を直前にひかえた、八月五日、全労連主催のもとに「平和を守る婦人活動家会議」がひらかれた。二〇単産の代表約五〇人が集り、具体的活動についてつぎのことを決議した。

一、平和闘争を小数の人がやるのでなく、広汎な労働者の手によって進めなければならない。
二、自分の身近から二人、三人の平和を守るグループをつくり、これを拡大してゆく。
三、植村たまき、平塚雷鳥、ガントレット恒子さんたちに、いつそう活躍をのぞむ手紙を出す。

 一方八月一四日、国鉄、日教組、都労連、全逓、全日通の青年婦人部が主催となり、総評参加単産の青年婦人をはじめ各民主団体から多数の青年婦人が参加して「青年婦人の平和祭」が東京読売ホールで開かれた。活発な討議ののちつぎのようなスローガンと平和宣言を採たくした。

 スローガン
 一、軍事基地提供に反対しましょう。
 二、原子力は平和のために使いましょう。
 三、青年婦人で平和をまもりましょう。
 四、中立による安全保障を求めましょう。
 五、全面講和で世界平和を築きましょう。
 六、憲法にそむく再軍備に反対しましょう.
 七、子供の成長と幸福をはばむ戦争に反対しましょう。
 八、戦争をあおる報道・文化と闘いましょう。

 このように、労働組合の婦人が中心となって各地で「平和を守る」ための集会がもたれた。しかし朝鮮における戦争は依然として、日本の政治経済に多くの影響をあたえた。特に一一月三〇日に発表された、トルーマン大統領の、朝鮮の戦争に「原子爆弾の使用を考慮する」、「日本人部隊の使用も時によっては考える」という声明は日本の婦人たちに大きな不安をよびおこした。民主婦人協議会は今こそ声を大にして、「原爆禁止」、「平和を守れ」の一大運動をおこさねばならないと、一二月上旬、懇談会を開き「原子爆弾禁止」の決議を発表した。

 決議
 トルーマン大統領の声明は日本の婦人を新しい戦争の恐怖にまきこみました。異口同音に「大変なことになった」と話しています。今私達は例えようのない貧乏になげこまれ、一切の自由を奪い去られようとしています。国会は日本人が選んだ日本の国会ではなくなっているのが最近の姿です。更に私達の目の前で軍需品がつくられ、おくられ、軍隊の復活をおもわせるような弾圧が時とところを構わずおこなはれています。「戦争がくる」、「戦争はいやだ」という婦人たちの声は戦争中とひとしく、いやそれよりも、ひどい圧迫をおしのけなければ私達の幸福もえられないという気持をあらわしたものであります。国会議長の椅子にある人が「人的資源を要請されたら、日本婦人は平和のために夫や息子を戦争におくることに努力してほしい」とはばかるところなく公席上で話し、また政府の責任ある立場にいる人が、「日本人であれば殺されるような場合でも人権はない」というような言にたいし、大きな怒りを覚えます。

 私達はつぎの四項を決議し平和を願う人々すべてが一しよに進むことをうったえます。
 一、原子爆弾の全面的禁止。
 一、私達の夫や息子を戦場におくるな。
 一、日本人の生活を破壊する戦時体制をやめよ。
 一、朝鮮にいる朝鮮人以外の軍隊は直ちに引揚げよ。


日本労働年鑑 第24集 1952年版
発行 1951年10月30日
編著 法政大学大原社会問題研究所
発行所 時事通信社
2000年6月1日公開開始


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