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日本労働年鑑 第24集 1952年版
The Labour Year Book of Japan 1952

第二部 労働運動

第四編 その他の社会運動


第二章 婦人運動

第一節 婦人の平和擁護運動

 一九五〇年の日本における平和擁護運動の中心的な課題は、ストックホルム・アピールの署名運動にあったが、特に第二次世界大戦で悲惨な体験をした日本婦人は、この運動で、重要な役割をはたした。更に、平和擁護のための各種の集会が、各階層の婦人によって組織され、「夫や息子を戦場に送るな」などのスローガンが掲げられた(ストックホルム・アピールヘの署名運動については第二編第九章「平和擁護運動」の項を参照)

 一、国際婦人メーデー ストックホルムにおいて、平和擁護世界委員会第三会総会が開かれる直前の三月八日、国際婦人デーにさいして、国際民主婦人連盟より日本民主婦人協議会あてに、つぎのようなメッセージと、「平和と生活のために団結しませう」と書かれたポスターが送られてきた。

 メッセージ
 国際民主婦人連盟は一九五〇年三月八日を要求貫徹闘争記念日たらしめようと努めている各国の信条を異にする婦人の皆さんに熱烈な拶挨をおくります。婦人は今年この日を平和と生活防衛のスローガンのもとに祝います。

 平和と生命とは婦人にとってもっとも貴重な贈物なのですが、それが危機にひんしているので婦人は自分たちの苦しんでいる窮乏が巨大な軍事予算にもとずくものであることをさとっています。平和戦士と一しよに原子爆弾その他の大量虐殺の諸手段が禁止されることを要求するつもりです。(以下省略)

 この国際民主婦人連盟のメッセージに呼応して、日本でも、三月八日、全国各地で集会がもたれた。国際婦人デー実行委員会主催の日本中央大会には、民主婦人協議会、婦人民主クラブ、民主保育連盟、産別、全官公、社会党、日本女子勤労連盟、新日本婦人同盟、共産党などの各団体約一〇、○〇〇人が参加、午前一〇時から東京日比谷小音楽堂でおこなわれた。壇上には戦争の恐怖とにくしみにもえる母親が、打ちふるえるわが子をしっかり抱いた大きな画と「戦争と貧乏に反対」という中心スローガンがかかげられた。

 会は民主婦人協議会小川友子の司会ですすめられた。まず議長団の堀紀子から「平和のために戦うことは天にも地にもはじない神聖な闘いです」とあいさつのあと、来賓の渡辺三知夫(全労連)堀真琴(労農党)田島ヒデ(共産党)佐々木かん(日本青年会議)金恩順(朝鮮女性同盟)の諸氏が、この世界の婦人の日の祝辞を送り、強い決意と団結をもって戦争に反対し全面講和をおしすすめようと強調した。ついで家庭の主婦、婦人労働者、日雇婦人などが、家庭や職場の切実な要求を訴え、ポツダム宣言による全画講和、工場で武器をつくるななど、一〇項目の決議を採たくした。ひきつずき婦人デーの一三のスローガンも可決された。この時ちょうど、とどいた世界労連からのメッセージがよみあげられた。そのあと国際民主婦人連盟とアメリカ婦人へ戦争反対をよびかけるメッセージがよみあげられ、午後一時半から予定通りデモ行進をおこなった。

 このように一九五〇年の国際婦人デーは、平和を守る闘いの日として意義深くおくられた。

 国際婦人デー中央大会決議
 平和の鐘が鳴って五年目、空襲のきずあとはまだ生々しいのに新しい戦争のうわさは、私たちの生活を一層不安にしています。にくむべき不幸をおしつけているのは国際的な反動勢力とむすぶ吉田内閣を先頭とする売国奴です。横須賀の軍事基地ばかりか産業全体を戦争準備につくりかえるのに、私たちは夫や子供、恋人の命を守るため強く反対します。

 国際婦人デー・スローガン
一、家をやき夫や子供を奪う戦争反対。一、ポツダム宣言にもとすぐ全面講和と民族の独立を。一、世界平和をおびやかす軍事基地化反対。一、原子爆弾・水素爆弾の製造禁止、工場では武器をつくるな。一、電気・ガス・主食の値上げ反対、予算は生活のために。一、失業反対、平和産業と自由貿易を。一、平和を守るためすべての婦人は先頭に。一、平和のために世界の婦人と力をあわせよう。(以下省略)

二、婦人の日 日本婦人にはじめて選挙権が与えられたのは、一九四六年四月一〇日である。労働組合に組織されている婦人たちが中心になり、この日を平和擁護の決意をあらたにする日として記念しようと、婦人団体協議会の主唱のもとに、三月二〇日、準備会がもたれた。この席上で民主婦人連盟の山川菊栄、神近市子等は「婦人団体協議会の名でおこなわれる大会のあり方は婦人の日を記念する根本精神から逸脱する」と不参加を声明した。

 これに対し婦人団体協議会は、あくまで統一して、この大会を祝おうと、この日におこなう「訴え」の内容、スローガン、プラカード、旗など、こまかい点まで協議しあい、統一しておこなうことになった。

 かくて一〇日、東京日比谷において産別、総同盟、YWCA、新日本婦人同盟、社・共・民・自の各政党、各労組婦人部、朝鮮婦人、日雇婦人等約二、○〇○人が参加して「婦人の日」大会がひらかれた。議長に青野つる(新日本婦人同盟)、小川タマ(総同盟)がおされ、民主婦人協議会小川智子から婦人運動功労者として高群逸枝に感謝の言葉をささげ、市川房江追放解除を決議したのち、別項のようなスローガンおよび大会宣言を採択した。なお三時からの平和行進は、議長から「組合旗、団旗はもたない」との準備会の決定を守るよう重ねて注意があったが、労働組合員の参加が多かったため、組合旗、赤旗等をひるがえしたので、自由党、民主党、民主婦人連盟、YWCAは参加しなかった。

 宣言
 憲法において男女平等がうたわれているにもかかわらず、それは実質的にはなんら行われていない。暗たんたる生活に加えて戦争の危機迫るという緊迫感が人々の心をさらに暗くおしつぶしている。このような現実を直視するとき個々の力は弱くても全婦人の強固な団結により、生活と平和を守りぬこう。

 スローガン
一、戦争は絶対いやです。一、世界の平和は婦人の団結から。一、婦人の実質的地位向上。一、性別による差別待遇の撤廃。一、明るい政治で青少年を守れ。一、婦人に職場と保育所を。

日本労働年鑑 第24集 1952年版
発行 1951年10月30日
編著 法政大学大原社会問題研究所
発行所 時事通信社
2000年6月1日公開開始


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