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日本労働年鑑 第24集 1952年版
The Labour Year Book of Japan 1952

第二部 労働運動

第四編 その他の社会運動


第一章 学生・青年運動

 一、イールズ声明反対闘争 一九五〇年東北大学に端を発した、全国学生自治会総連合(全学連)を中心とする「反帝平和」の政治闘争は、一連の反共政策の嵐の中で「日本降伏以来みられなかった」ほどの烈しいものであった。それは「イールズ声明反対」「全面講和の締結とその後の占領軍の即時撤退」あるいは「政令六二号によるレッド・パージ計画を粉砕せよ」等のスローガンをかかげて闘われたが、そこに一貫して流れていた平和と独立の叫びは、イールズ氏の姿を消させ、政令六二号による犠牲者をついに一名も出さなかったのである。

 イールズ声明反対闘争は、五月二日東北大学において口火を切った。この日総司令部民間情報局教育顧問W・C・イールズ氏は「学問の自由」と題する講演をおこなおうとしたが集まった学生約八〇〇名は「ノーモア・イールズ」を叫んで遂に講演を中止させてしまった。講演中止後約二五〇名の学生は、学生大会を行い、一、公私不明のイールズ講演から大学を守ったことは学問の自由にとって大きな意味をもつ、二、単にイールズ氏の問題でなく外部権力から学内を守るため迫りつつある戦争とファシズムと闘うために更に強力に組織的に闘うの二項目を確認した後、学問の自由を守れ、日本軍事基地化反対、全面講和要求、イールズ問題に関する学校当局の責任追求等の綱領の下に平和を守る会が結成され約二〇〇名が入会した。

 この東北大学の事件は、全国に植民地教育反対の叫びとなって現われた。
 五月四日行われた五・四記念アジア青年学生蹶起大会においては「ノーモア・イールズ」の声は「侵略戦争反対」「アメリカ帝国主義者を打倒せよ」「占領軍即時撤退」等のスローガンとなって現われた。又、同日全国学生自治会総連合では東北大学事件に関し次の声明を発表した。

 一、イールズ氏の共産主義者を学園から追放すべし、との講演内容に関して明らかにポツダム宣言における「言論、宗教および思想の自由ならびに基本的人権の尊重は確立せらるべし」という規定および極東委員会の政治的決定たる一九四七年四月「日本教育制度の原則」に関するマ元帥指令中の「教師と学生の独立した思想は奨励されねばならない」という原則に明示されたアメリカ合衆国はじめソ同盟その他極東委員会構成国の義務と相容れないものと考える。よってわれわれはイールズ氏のかかる種類の言動にたいして極東委員会構成国は、その責任において適当な処置をとられ日本人民と占領当局との間におこる無用の混乱をさけるようすみやかに指示されんことを要請する。

 二、文部省のイールズ氏講演にたいする要請にかんして、これは憲法および教育基本法に明示された「学問の自由」の規定に違反するもので、このような内容の講演を要請することはただちに停止するよう厳重抗議する。

 三、東北大その他全国大学におけるこの種紛争は学問の自由の侵害がやがて戦争に導びくものであるという日本のインテリゲンチアの血をもってあがなった貴重な体験からの深い教訓にねざすものであり、戦争に反対し、自由を愛する総ての日本人民のこころからの抵抗運動であることをあわせ声明し、全日本の人民諸君および平和を愛する世界の進歩的人々とともに思想と学問の自由を侵すものの運命がやがて第二次戦争の帰結と同じ没落の道をたどるものであることを確信し、いよいよ憤激をこめて平和と自由と独立のためにたち上られんことを訴える。

 六日には、全労連と全学連は次の如きメッセージを交換し、学生と労働者の結合をはかった。

 全労連より全学連へのメッセージ(要旨)
 全学連に結集した学生諸君!いまや帝国主義者は、ソ同盟を中核とする世界平和勢力、特に世界労連に結集した七、八〇〇万の労働者の闘争によりその基礎を弱め、それだけ気狂いじみたファッショ的攻撃に狂っている。全労連は彼らの学問、思想の自由に対する弾圧に対して、英雄的な抵抗運動を展開した諸君に対し心から挨拶を送る。マ元帥声明を機として公然と反共、軍事基地化、戦争準備に乗り出した国内反動と結びついた外国帝国主義者のこの攻撃に対し、今回の東北大事件は諸君が決して屈せず、反戦、平和の闘士としてあくまで闘うことを示した。われわれはかつての滝川、河合事件の経験をかえりみ、五・四運動が上海労働者の反帝闘争と結びつき勝利した教訓を学んで、労働者を中核とする民主民族戦線の一翼として固く固結し、かつ国際的平和勢力と結合しつつ、外国帝国主義者を追放し、平和と独立のために闘われんことをのぞむ。

 全学連より全労連へのアッピール(要旨)
 世界労連の旗の下に全労連に結集した全日本の労働者諸君!
全日本の学生は、帝国主義者に対し全力をあげて抵抗運動を組織してきた。しかし過去の闘いは未だ不十分で、反帝の有効な闘争を組織することなく、単に政府、地方自治体のみ攻撃する愚もしばしばあった。然し我々は過去の経験から、帝国主義者の追放なくしては、学問の自由も日本人民の解放もありえないことを知った。

そして佛伊諸国の労働者の英雄的闘争に深く感激し、労働者階級こそ平和と独立の戦士なるこを確認した。我々も帝国主義国の軍事基地化を妨害し粉砕するために闘う。

神戸、金沢、静岡、九州各大学の闘争によって培われたエネルギーは、東北大学生の決然たる闘争により燃え上った。全支配階級はろうばいし、ろう獄で我々を脅かしつけている。だが我々の背後にはソ同盟中国を中心とした全世界一〇億の平和勢力あり、我々は断じて愛国的国際主義の旗を下さない。滝川事件の記念日五・二四、中国の五・三〇記念日が迫っている。我々は「五月の嵐」を日本中にまきおこす事をちゅうちょしない。今やわれわれ全日本四〇万学生は反帝国戦の同盟を結ぶため諸君の下に結集する。

日本労働年鑑 第24集 1952年版
発行 1951年10月30日
編著 法政大学大原社会問題研究所
発行所 時事通信社
2000年6月1日公開開始


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