OISR.ORG へようこそ 法政大学大原社会問題研究所

日本労働年鑑 第24集 1952年版
The Labour Year Book of Japan 1952

第二部 労働運動

第三編 農民運動


第六章 各派農民組織の動向

第四節 日農(統一派)第四回大会の開催(つづき)

 当面の主張
 一、外国食糧のおしつけ輸入反対。二、輸入補給金をやめて農業生産資金にまわせ。三、農民を奴隷化する地方税法の粉砕。四、小作料地租の引上げ反対、土地改良災害復旧、開墾事業費を国庫で負担しろ。五、土地改革の徹底的断行。六、天降り官僚供出制度の廃止。七、米価最低八、〇〇〇円で希望数量を買え。八、肥料代、電気代の値上げ反対。九、農業生産に必要な資金を無利子で貸し出せ。一〇、差押え公売反対、滞納税金の棒引。一一、戦争予算のための重税反対。一二、農村失業者に食と仕事を与えよ。一三、農協を破滅させる収奪政策反対。一四、農業共済組合の徹底的民主化、掛金の全額国庫負担。一五、農業報国会の再版、農民組合法を粉砕しよう。一六、農民戦線の大統一、分裂主義者、社会ファシストの放逐、一七、労働者、市民との同盟。一八、言論、集会、結社、デモ、ストライキの自由、弾圧反対。一九、警察機構の縮少、軍事的警防団の解体。二〇、憲法蹂躙の戦争宣伝反対。二一、単独講和反対、全面講和の即時締結。二二、戦争反対、自由と独立平和を守れ。二三、世界の平和愛好諸国との協力、二四、原子兵器使用の絶対禁止。二五、軍事主義を復活するファシスト吉田内閣打倒。

一、この目標を実現するにあたり、労働階級との提携をはかるのは当然のことであるが、とくに日農は、農村の失業者の組織と闘争への援助と協力、民主商工会の結成と提携への活動をはからなくてはならない。そして組合の政治教育活動が強められ、日農活動が自由と平和、民族独立のための愛国者活動であるという自覚と責任を全組合員に徹底させる必要がある。

 日農基本綱領
一、土地制度の徹底的改革を期す。
一、新農業組織の確立と発展を期す。
一、民主的文化的農村生活の建設を期す。
 右の綱領は終戦後の日農結成にあたり、平野力三氏と岡田宗司氏の合作で出来たものである。もっともその時は、第一条の土地は農地とされていたが、それが第二回大会において改められたほかはそのままで現在に至っている。この現綱領は既に誰の目にも、不充分であり、その改正は急務とされている。

 この綱領においては
(1)現に進行しつつある日本の植民地化の方向、そこから生じている日本農業の危機、それを突破する農民の基本的態度が明らかにされていない。

(2)今日、農地改革の徹底を通じて農業経営の発展が造り出されるという論理は、政府のかかげている「農地改革から農業改革」への宣伝と一致する。

 資本主義の一般的危機と内外独占資本の収奪をぬきにして、農業の発展や農民生活の向上について殆んど語れないということにも拘らずそれが明らかにされていない。

 したがって、以上の二点が改正される綱領において、明示されなければならない。
 なお土地闘争、反封建闘争についていえば、とくに次の点を指摘しておきたい。
 現在、小作保有地、宅地、山林などの温存と相まって部落における隷従関係はなお根強く持続し、卑屈な封建的意識は貧農、半プロをもとらえており、その意味で地主支配はつづいている。この関係の中にあって自由に闘え得ない農民をそのカラを破って闘える農民にきたえること──そのために恒常的な組織による多面的な日常闘争と訓練、ここに反封建闘争の重大な意義がある。

 独占資本との闘争と、部落の地主支配をくずし、貧中農の前進がなされ、その指導権が増大されたとき、正しく全農民を統一し得るのであり、それが行われない限り、その闘争はときに却って地主的支配を強める結果にさえなり得る。

 以上のことからすべての農民を結集し、その解放のための新しい綱領として、次のものが考えられる。
一、日本農業の植民地的編成に反対し、民族の独立を期す。
一、土地制度から生活、慣習にいたるあらゆる半封建的しくみの廃絶を期す。
一、独占資本の支配と収奪をたちきり、農業と生活文化の発展を期す。


 日農(統一派)第二回中央委員会
 第四回大会で決定された新綱領と組織再編方針がいかに具体化されたかを検討し、朝鮮事変後の変化した情勢に対処して闘争体制を固める目的をもって、一一月一四、一五両日第二回中央委員会が開催された。まず各委員の間に、地方組織状況、麦供出闘争、税金闘争組織拡大方策等農民運動の重要問題について論議がたたかわされた。とくに注目すべき点は、税闘争において労農共同闘争の事例が紹介されてその威力が確認され、またかくし田摘発闘争についてかなり徹底した意見交換がおこなわれた。すなわち、かし田は貧農にとって一種の生活防衛的意味のあること、これとボス富農のかくし田とは区別さるべきこと、かくし田闘争はひとり土地問題にかかわるものでなく、現金供出闘争に関連することなどの意見がでた。たとえば

 「かくし田はどこにもある戦時中の収奪供出の抵抗として生れた。これを一率にかくし田と見る事は間違だ。従って議案のかくし田の項を反動支配と不正の根拠となっているかくし田の摘発と訂正すべきだ」(深沢)「かくし田摘発はスローガンにならず、村内の階級闘争の一環として当然出てくる。裸にならなければ闘えないというのは問題だ。村全体としてかくし、抵抗になっている。半封建的な支柱として考えると失敗する」(竹村)「反動の支配もしくは不正の根拠となっている場合は闘う。しかもこれを現実の反帝闘争の中でやって行くべきである。これだけをとりあげてやって行くのは誤であろう」(議長)(「農民運動資料」一二月五日一二号による)。

 第二日目は組織問題を中心に討議がすすめられ、部落を基礎とする動員体制がなお不充分なこと、部落組織の活用がなされず、幹部の不足が運動の展開をさまたげ、組合員が減少している点などが指摘された。たとえば、兵庫では「三万人の組合員を誇ったが現在は会費完納が三千に減り、ほとんどの支部は解体状態だ。…関西では活きた組織は戦前と同じ位に減った。古い人達が障碍になっている。」(前掲資料一一ぺ−ジ)

 その他宣伝、財政、労農提携等各問題につき討議し、またつぎのような農民戦線統一のための声明書を発表した。

 (前略)今こそわれわれは立ちあがらねばならない。全日本の農民が一丸となって闘わなければならない。農民戦線の統一こそ農民の敵が何ものであるかを知っているすべての農民の唯一の念願である。どの様な思想をもち、どの様な政党を支持するかという様なことは問題ではない。ただ一つ、農民の利益を守るという点で一致すれば、一切のゆきがかりをすてて、無条件に大同団結すべきである。

 兵庫をはじめ全国各地で日農や全農傘下の農民は勿論、広汎な未組織農民が、共に闘っているのは、現実の状勢がもはや日農とか全農とかいうような組合の縄ばりを許さないところまで来ていることを実証しているものである。かくて一部に唱えられている反共を統一の条件とするが如きことは、農民の意志を裏切るものであって、これこそ口に統一を唱えながら統一を破るものといわなければならない。わが日本農民組合は結成以来農民戦線の統一のために闘い来ったものであるが、今こそ決意をあらたにして全農民戦線統一のために努力を誓うものである。

  一九五〇年一一月一五日
           日本農民組合第二回中央委員会


日本労働年鑑 第24集 1952年版
発行 1951年10月30日
編著 法政大学大原社会問題研究所
発行所 時事通信社
2000年6月1日公開開始


■←前のページ  日本労働年鑑 1952年版(第24集)【目次】  次のページ→■
日本労働年鑑【総合案内】

法政大学大原社会問題研究所(http://oisr.org)