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日本労働年鑑 第24集 1952年版
The Labour Year Book of Japan 1952

第二部 労働運動

第二編 労働組合運動


第九章 平和擁護運動

第四節 日本におけるストックホルム・アピールへの署名運動(つづき)

 日本でも「平和を守る会」が、四月二八日、各職場、地区に平和擁護委員会を設け、原子兵器の使用禁止運動を『講和の投票』にあわせておこなうことを決議した。ところが四月二九日付でパリの平和擁護世界委員会は「平和を守る会」あて、つぎのような要請文を送り、日本の平和擁護運動に重要な助言を与えた。

 平和擁護世界委員会の助言
 平利擁護世界委員会書記局は、貴国の特殊事情が民族解放のための行動を必要としていることを十分に認識していますが、しかも、特殊な一国的問題のためのカンパと別に、ストックホルム・アピールのための運動をあなたがたにおねがいします。日本の人民は広島と長崎の恐怖を知っているのですから、原子兵器禁止の一点のみについて大カンパニアが行われるならば、数千万の署名が得られるでしょう。戦争の危険はますます切迫しており、平和のための行動は、現在の最大問題です。平和の戦士の行動が十分発展する前に新しいあらそいをただちにおこすための口実を戦争屋どもは求めています。ここに世界委員会書記局が、ストックホルム・アピールについて、世界のあらゆる国で幾百万の署名を集めることに成功しつつあるとき、一国の事情によってこれを修正することはできないと考える理由があります。貴国の運動がわたくしどもの希望するような広い巾をもつために、一つの最重要問題について全国民を結集することによって規模を広げる道を考えるべきであり、ストックホルム・アピールはその基礎となるでありましょう。世界委員会の結論は、主要な問題は原子兵器反対の行動をおこすことであるということでした。それはともかく、このアピールのためならば、非常に多数の人々がその意思を表明するということは、わかりやすい道理です。したがって、とくにストックホルム・アピールのためのカンパがはじめられるならば、七〇〇万の署名を獲得するどころか、七、八〇〇万の人口をもつ貴国では、もっとずっと多くの署名が得られましょう。そのうえ、カンパがもっぱらストックホルム・アピールにもとずいておこなわれるならば、一国的規模の行動を弱めるどころかそれを強めるでありましょう。ストックホルム・アピールのための大衆署名運動について貴国の成果の報告をまっています。

 これに対し「平和を守る会」では、五月一二日、つぎのような声明書を発表した。

 われわれはいままでの平和投票をいっそう精力的につづけながら、国外の友よりの心からなる助言にしたがって、ストックホルム・アピールヘの署名運動を別の用紙にわけて、並行しておこなう。なぜなら、経験はこの助言の正しさを証明しているからである。ただちに、各団体、各地方、地区ではその準備をおこない、これをいまのカンパの波にのせて、より広汎な大衆とともに平和戦線をきづくよう実践されることを要請する(傍点は引用者)。

 ところが、この声明書が発表された直後、またも「平和を守る会」は、平和擁護世界委員会書記長ジャン・ラフィットから「五月六日パリ発の手紙をうけとった。その手紙は、ストックホルム・アピールを中心とした全世界の平和カンパニアの現状および成果と欠陥について報告をもたらし、とくに、「われわれはストックホルム・アピールが決定した中心的、決定的問題に全精力を集中しなければならない。このカンパが貴国の諸団体の中心活動であることを確認せよ」と強調した、このように再度の助言をうけた「平和を守る会」では五月二二日に総会をひらき、ストックホルム・アピール「原子兵器の禁止」の一点に集中した四項目のスローガンによって新らしい平和投票を即日実施することをきめた。このようにジグザグなコースをたどりながらも、ようやく日本におけるストックホルム・アピールヘの署名運動は実践の段階にはいったのである。

 同じころ、ブタペストでひられた世界労連執行委員会会議(五月一九−二四日)も全世界のすべての勤労人民にたいし、つぎのようなアピールを発した。

 戦争挑発者のゆくてには、こえがたい障壁がつくられている。この障壁とは、戦争を止めようという万国人民の不屈の意思を示す強力な平和戦線だ。平和のとりでであり、平和の旗手である偉大なソ同盟は、この戦線の先頭にたっている。

 われわれは、すべての勤労人民に対し、平和擁護闘争に力を合せるよう呼びかけるとともに、とくに原子兵器の禁止を要求したストックホルム・アピールに対する署名獲得が重要なことを強調するものである。平和擁護世界委員会のアピールに対する署名運動は、いまや、すべての労働組合組織が切実な関心をもつ問題となった。平和のための勤労人民の死活の利益と、その民主的権利のための闘争を成功させるには、労働者階級は統一されねばならない。

 また「六月四日付の日本共産党中央機関紙も、その主張において「ストックホルム・アピールの署名運動を精力的に」と、つぎのごとくのべた。

 全世界の平和擁護者はいま競争でストックホルム・アピールの署名獲得運動をくりひろげすでに一億をこえる署名を得たことが平和擁護世界委員会総会で確認された。最近ブタペストでひらかれた世界労連執行委員会総会は全世界の勤労者へのアピールを発表したが、それはストックホルム・アピール署名運動を精力的にやろうの一語につきる徹底したものである。わが国でも「平和を守る会」は平和擁護世界委員会の助言をいれ、とくにストックホルム・アピール署名運動に活動を集中することを決議した。

 わが国では、広島と長崎で、一瞬のうちに一九四、〇〇〇の同胞が原子兵器でころされ、何十万の不具者を出した。そしていま再びその国土が原子爆弾戦の導火線にされようとしている。われわれこそ原爆禁止運動の先頭にたち、圧倒的多数の同胞を政治、信教の別なく結集して、広がりつつある世界の平和戦線に参加させ、わが国を反戦の橋頭堡とすることができる地位にある。全面講和と民族独立をめざす民主民族戦線運動は、これによって強められ、平和を守る会、民主主義擁護同盟は広げられるだろう。反共弾圧に抗議する新たな闘争のたかまりをつうじて、労働者階級はこの署名運動の先頭に立ち、平和と独立のための戦闘力をつよめるであろう。すでに三菱美唄では平和署名をした鉱夫の家四五〇戸に「平和と独立の家」のラベルがはられた。このラベルが町や村をうめ数千万の平和署名があつまるとき、党弾圧の陰謀も、軍事基地化も、植民地化もくずれ去るであろう。わが党は、当面のスローガンの一つ「原子兵器の禁止」を精力的に闘わなければならない。

 当時、日本の労働者階級が平和擁護について、いかに大きな関心をもっていたかは、同年の東京中央メーデーにおける「戦争反対」、「平和」のプラカード数が、プラカード総数の五〇・一%だったといわれていることによっても知ることができる。

 ストックホルム・アピールに署名した知名人
         (一〇月末現在の平和擁護日本委員会資料による)。
 安部能成(学習院学長)、本多光太郎(物理学者)、志賀潔(赤痢菌発見者)、伊東忠太(芸術院会員)、大熊喜邦(芸術院会員)、藤村作(東大名誉教授)、末川博(立命舘学長)、阿部次郎(東北大教授)、城戸幡太郎(教育学者)、坂田昌一(物理学者)、上原專録(一橋大教授)、北沢新次郎(早大教授)、山内義雄(早大教授)、務台理作(教育大教授)

 画家−石井柏亭、有島生馬、正宗得三郎、伊原宇三郎、硲伊之助、岡本太郎
 音楽家−信時潔
 詩人−土井晩翠、西条八十
 評論家−長谷川如是閑、中島健藏、柳田謙十郎、小牧近江
 作家−川端康成、長與善郎、井上友一郎
 宗教家−来馬琢道、阿部行藏、赤岩栄
 映画−田中絹代、原節子、高峰秀子、山岡五十鈴、五所平之助、山本嘉次郎、吉村公三郎
芸能人−徳川夢声、古川緑波、三遊亭円歌、桂文楽
俳優−辰己柳太郎
自由党議員−中島守利
民主党議員−堀川恭平、石田一松、深川タマエ
緑風会議員−木内キャウ、宮城タマヨ
社革党議員−大石ヨシエ
社会党議員−米窪満亮、山口シズエ
 ストックホルム・アピールヘの署名数(三月二六日現在)
北海道 二二八、九四一、青森 三六、三一五、岩手 三一、六九〇、秋田 七二、〇四三、宮城 八六、九七〇、山形 五五、八二三、福島 七六、〇三九、栃木 一六四、七八六、群馬 九二、二八八、埼玉 一七八、六一一、茨城 八六、二六四、東京 七五九、六三四、千葉 七九、四五七、神奈川 三二〇、九五三 山梨 六四、九九五、長野 一七二、五〇八、新潟 四四、六九一、富山 五三、〇一二、石川 二七、三一九、福井 七、二四六、岐阜 二三、六一四、三重 二七、四八五、静岡 一八五、四九六、愛知 一七三、〇六九、滋賀 五二、一八三、京都 四四四、三〇七、大阪 七九三、五八一、兵庫 二五八、一〇四 和歌山 二二、〇一九、奈良 二三、二七〇、鳥取 二一、〇六五、鳥根 二八、九六一、岡山 六七、二四六、広島 一四八、七八八、山口 四八、五九七、香川 三八、四一五、徳島 一二、六六九、愛媛 二〇、〇九六、高知 三〇、七八八、福岡 三一五、六八八、佐賀 一七、八四一、長崎 四二、四四九、熊本 六一、四六五、大分 五一、三〇八、宮崎 四〇、八九〇、鹿児島 三二、七一一、中央団体集計 七七一、一一五、総計六、三九二、八〇五

日本労働年鑑 第24集 1952年版
発行 1951年10月30日
編著 法政大学大原社会問題研究所
発行所 時事通信社
2000年6月1日公開開始


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