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日本労働年鑑 第24集 1952年版
The Labour Year Book of Japan 1952

第二部 労働運動

第一編 労働争議


第二章 主要な争議

第七節 東宝争議(つづき)

 紛争解決に関する覚書
 東宝株式会社(以下会社という)と日本映画演劇労働組合東宝支部(以下組合という)は相互に以下の条項を確認し、ここに覚書を作成し、仮調印を行う。

 記
 一、会社は今後人員整理をしようとするときは必ず組合との団体交渉によって充分話合い、平和的な解決をはかることを確約する。

 二、組合は五月二四日附並に九月二五日附解雇の通告を受け、その効力につき紛争中
の組合員(以下対象者という)が本覚書締結と同時に退職することを承認する。
但し、会社は九月二五月附解雇通告を受けた者に対し、五月二四日附通告の企業整備による解雇とみなし同一の退職条件をもって取扱うことを約束する。

 三、会社は右の対象者中より昭和二六年一月一日附をもって一部の者を再雇傭する。その人員数は左記の通りとし労働条件は五月二四日以前の条件を引継ぐ。

 (1)撮影所       二〇名
 (2)本社(営業を含む)  三名
 (3)関西支社       四名
 (4)中部支社       一名
 四、会社は退職金を左の通り支払う。
 (1)再雇傭者に対しては一二月三一日に半額、二六年一月二〇日に残金を支払う。
 (2)その他の者に対しては昭和二五年一二月三一日に全額支払う。
 五、会社は組合に対し映画製作に関して次の事を約束し、撮影所関係の対象者を中心とした団体(以下甲という)に左記の条項に従って一本に限り映画製作をさせる。

 イ、製作につき甲は責任者を指名し、映画の内容、製作上の契約に関する打合せを会社と行う。
会社は右打合せに応ずる責任者をおく。
 ロ、会社は組合に対し製作前渡金として、金六〇〇万円を貸付けることとし、
 昭和二六年二月五日
   内金 二〇〇万円
 昭和二六年二月一五日に
   内金 三〇〇万円
 撮影進行中に
   残金 一〇〇万円を夫々交付すること、
 右金額の返還に付ては組合は甲と連帯してその責に任ずる。
 ハ、企画、脚本、プロデューサー及びメインスタッフ、メインキャストは会社の承認を必要とする。
 ニ、撮影所並びに同所の人員設備、資材器材等の一切は使用しない。
 ホ、撮影開始時期を二六年二月一日以降とし、封切時期を同年四月一日以降とする。
 ヘ、甲の製作した映画の営業宣伝については、甲の意志を尊重する。
 六、営業関係の対象者に対し当面左記五項日の事業計画に付て会社は自他に支障ない限り、これに好意ある取扱をすることを約束する。

 但し、その実施の細目については調印後協議決定する。
 1、プレーガイド
 2、直営売店への商品納入
 3、宣伝諸事業
 4、移動映画
 5、謄写印刷(撮影並説明台本)
 七、会社は将来欠員を補充するときは対象者を優先的に再雇傭することを考慮する。
 八、会社は対象者の今後の仕事に対しては原則として妨害しない。
 九、会社組合は紛争解決に依り良識ある行動をとり会社事業場を平常状態に戻す。従って今後従業員以外の組合員が会社の許可なく事業場内に立入り又は場内に事務所を設ける等の事をしない。

 一〇、会社は旧東宝芸術家協会所属員に対しては今回の紛争解決により必要に応じて使用することを約束する。
なお、今後契約に関し誠意ある話合いをすることを約束する。
 一一、東京映画演技者集団については他の演技者との間に一切の差別待遇を行わず必要に応じて使用することを約束する。

なお、使用条件その他については誠意を以て話合う。
 一二、会社と組合はそれぞれ一切の諸提訴を取下げる。
     昭和二五年一二月二八日
         東宝株式会社
           取締役社長  小林富佐雄
         日本映画演劇労働組合東宝支部
             委員長  寺田 昌業


 尚、闘争妥結に際して日映演は次の如き声明を発表した。
 声明書
 戦争の危機が更に激しく我々に押しかぶさって来ようとするとき、我々は七カ月に亘った大量首切りに対する闘争をここに一応妥結する。

 この闘いは、幾多の弾圧と、苦難の中で進められたが、我々は多くの問題を残して妥結しなければならなかったことを深く反省している。

 だが、我々の映画製作を続けて行く足がかりと、二〇数名の再雇傭と、実質的な「赤追放」の撤回を獲得した。この成果と、「きけわだつみの声」の勝利、民族映画の製作促進のたゆみなき広汎な闘いは、明日の闘いへ発展する基盤となりうることを確信する。

 支配階級の植民地化政策と、アメリカ映画の怒濤の如き氾濫の中に、日本映画は、未だに、国籍不明のエログロに浮身をやつし再び、大本営映画への転落を開始している。

 然し、「戦争と平和」「女の一生」「暴力の街」「また逢う日まで」を作った我々は、日本人が作る日本の映画を製作する光栄ある任務を、如何なる弾圧にも屈せず、遂行してゆくことを誓う。

 親愛なる労働者、農民、市民、そして学生諸君。我々は、我々の勝利の記録が、我々の力だけで書かれるものとは考えない。全世界の平和を愛する人々と共に、不断の闘いを押し進めることこそが、やがて、確乎不抜の勝利をもたらすものであることを知っている。

 我々は、今、争議を妥結するに当り、更に深い友情をこめて、輝かしい未来へ前進する挨拶を贈る。
 世界平和と民族独立のために!
 日本映画の革命的発展のために!
 全人民の幸福のために!


日本労働年鑑 第24集 1952年版
発行 1951年10月30日
編著 法政大学大原社会問題研究所
発行所 時事通信社
2000年6月1日公開開始


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