OISR.ORG へようこそ 法政大学大原社会問題研究所

日本労働年鑑 1951年版(第23集)
The Labour Year Book of Japan 1951

第三部 労働政策

第二編 政府の労働政策


第二章 国家公務員法の改正

第一節 マ書簡と政令二〇一号
 国家公務員法は四七年一〇月二一日法律一二〇号として公布され四八年七月一日施行されたが、施行後わずか三週間の七月二二日、全官公庁争議の眞只中において、同法改正に関するマッカーサー元帥の芦田首相あて書簡が発せられた(第二部参照)。書簡の内容は次の如きものである。

 公務員法改正に関するマ元帥書簡
 一九四八年七月二二日
             ダグラス・マッカーサー
内閣総理大臣宛
 余は、目下日本の公務員制度に関して起っている諸問題の解決策としての国家公務員法の適否について日本政府並びに本司令部の代表者間に行われた合同討議から得られた結論の検討を了した。余は、是正せらるべき現存の欠点に関する右結論には全般的に賛成である。

 国家公務員法の狙いは、日本の政府に民主的且つ能率的な公務員制度の樹立を規定するにあった。本計画は近代的な人事制度を定めて、公務員を全民衆の中から、競争試験によって、取入れることにし、叉職階、報酬、訓練、考査、健康、安全、厚生、休養並びに退職に関する科学的管理の下に実力に基いて昇進せしめることを定めた。本制度は被傭者の為に不服を申立てる手続を定め、且つ行政機構における彼等の正当にして公正な待遇を保障している。司法的行政機関によって実行され且つ緊急事態の必要に応じて直ちに改革出来得るような緊急条項を付加された。本制度は日本における民主主義の成功を阻んだ旧官僚制度の種々の宿弊を是正するに足る建設的計画を定めている。

 今次創設された人事行政の基調は全国民が国会を通じて政府の使用人に対して主権と監督権を行使し、その国会が人事委員会を通じて科学的人事行政の原理を適用し、且つ公務員制度、公務員の充足、報酬、官紀、年金及び雇用に伴うその他の条件を標準化するという考え方に立っているのである。民主主義の考え方に基く斯る制度は、法律の忠実な実施と政府の仕事の能率的運営とを最高の職責として、政治や特権の圧迫に屈しない意図の下に作られたものである。

 本問題に関係のある色々な法規の研究は今や完了したのであるが、情勢に対処する為にはこのままでは不十分であることが明かとなった。これ等の法規は少数者が団結して政府の権限と権威に加える圧力に対し積極的な保護を与えるものではなくまた公務員制度の恩恵と保護を受けまた制限に服する義務を有する政府職員の各種職階に対して法規の適用が明かになっていない。全体にわたって政府に於ける職員関係と、私企業に於ける労働者関係の区別が著しく明確を欠いている。

 占領下日本において労働者が、急速にかつ前例のない地歩を獲得した事実は、現代生活において労働組合主義が極めて重要なものであることと現代の産業経済に伴う多くの弊害を是正するに当り労働組合運動の有する歴史的意義に対しての余の見解を正常とするものである。然しながら、政府関係に於ては労働運動は極めで制限された範囲に於いて適用せらるべきであり、正常に設定せられて主権を行使する行政、司法、立法の各機関の代用となり或はこれ等に挑戦することはゆるされない。

 産業時代の初期に於ては、支払代価に対する交渉も雇用条件の、取極もなく、労働を一商品として取扱う傾向があった。然し、大量生産の機械技術が発達するにつれ、労働者は相互の利益の為に組織する、よりよき機会が与えられ、そして長期にして且つ困難な闘争によって、生活水準、労働条件の改善並にある程度の社会保障を獲得する為に彼ら自身の選んだ代表を通じて団体交渉の経済力を確保した。固有の強制力を伴う団結権は産業経済に対し極めて重大な影響を及ぼした経済力を労働組合運動の中に益々伸張せしむるに至った。民主主義社会においては、かかる影響力が労働組合の政党に対する支持を通じて順次政治力として考えられるに至ったが、然し、組合の判断を立法並に行政面に進出せしめ、労働組合が国民全般の正しく選ばれた代表者の機能を侵害することは、民主主義理念に違反するものである。

 全ての産業化された国々においては、労働者の利益を代表するものに限らず、実業者、金融家、農民並に専門業務者の利益を夫夫代表する特定の強制力を発動する階級のあることは事実である。民主主義社会においては、かかる強制力発動階級が権力と勢力を獲得せんとして争うがそれは国家統一の根本勧念を逸脱すべきではない。「一般民衆」はかかる特定の階級に属しない残りの階級ではなくして、国民全般から成るものであり「一般民衆の利益」は一般の福祉と同じ意味である。

 この観念の重大さは西洋の民主主義国家と同様に日本においてもよく理解されているところである。日本憲法自体も、「国民統合」と「主権の存する日本国民の総意」を認めている。憲法自体、「この憲法が国民に保障する自由及び権利は国民の不断の努力によってこれを保持」する原則を確認している。

 叉国民はこの憲法を「濫用してはならないのであって、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負う」ものである。

 更に憲法自体は国会を国家権力の「最高機関」たることを示し、この国会は「全国民を代表する」ものであることを明示している。

 若しこの国民の団結と公共利益の優越とを宣言している憲法の根本理念が踏みにじられずに保全せらるべきであるならば、政府の権能の如何なる一部分も私的の団体もしくは一部の階級にこれをわかち授けもしくは奪われることは出来ない。もしこの逆が眞であるならば「ポツダム」宣言によって企図せられ憲法によって作られた日本の「責任ある政府」は存続することが出来ない。自らの主権を他に譲り渡す如き政府は最早責任ある政府ではないというのが基本原理であるからである。

 本来私的の団体たる性質の労働組合は政府の特質をそなえているものではない。組合が発展した如何なる国においても自由な労働組合の力は、常に政府から離れて独立のものであること並びにその合法且正当な目的を追求するに当り、政府の支配から離れて自由であることから生れてきている。

 全体主義的日本の特質であった圧迫の経験を経てきた日本の労働者も、占領以来大体においてこの原則を理解し、自由なる労働組合の道を選び、一般公共の利益を擁護せんが為に起こる急激な抑制的手段を必然的に挑発する無分別な方針を回避してきた。彼等は、自由な私的事業に属する自由な労働者は、自由な選挙において自由人としての権能を有する以外には国の主権を自ら行うことは出来ないことを承認してきた。組合主義はそれが個人自身と、そして勤労の権威を高揚するものであるが故にこそ、労働者の正常なる目的を追求しつつ民主主義の最も強固な支柱の一つとなるのである。然しその勤労を公務に捧げるものと私的企業に従うものとの間には顕著な区別が存在する。前者は国民の主権に基礎をもつ政府によって使用される手段そのものであって、その雇用せられる事実によって与えられた公共の信託に対し無条件の忠誠の義務を負う。労働者の権利の唱導者として第一人者であったかつての米国大統領故フランクリン・ルーズベルトの言葉によれば「国民はその利益と福祉のために政府活動のうちに秩序と脈絡とが維持せられることを要求する。公務員の上にはこの国民全体に奉仕する義務が負わされている。これは最高の義務である。彼等自身の職務が政府の機能に関係するものである以上、公務員の争議行為は、彼等自身に於て、要求が満足せられるまでは政府の運営を妨害する意図のあることを明示するものにほかならない。自ら支持を誓った政府を麻痺せしめんと企図するこのような行為は想像し得ないものであると同時に許し得ないものである。」

 余はこの見解に全面的に賛成である。雇用若しくは任命により日本の政府機関もしくはその従属団体に地位を有するものは、何人といえども争議行為若しくは政府運営の能率を阻害する遅延戦術その他の紛争戦術に訴えてはならない。何人といえどもかかる地位を有しながら日本の公衆に対しかかる行為に訴えて、公共の信託を裏切るものは雇用せられているが為に有するすべての権利と特権を拠棄するものである。ルーズベルト大統領はさらにいっている「すべての政府職員は普通に知られている所謂団体交渉の手段は公務員の場合には採用出来ないものであることを理解せねばならぬ。団体交渉は国家公務員制度に適用せられるに当っては明確なそして変更し得ない制限を受ける政府の性質並に目的それ自体がその行政運営に当る官吏をして政府職員の団体との間の協議若しくは交渉において使用主を代表し叉はこれを拘束することを不可能ならしめている。使用主は全国民である。国民は国会におけるその代表者により制定せられる法律によりその意志を表明する。従って行政運営の任に当る官吏も雇用せられているものも、均しく人事に関して方針、手続並に規則を定める法律によって支配せられ、指導せられまた少なからざる場合において制約を受けている」と。然しながらこの理念は公務員たるものが、自らもしくは選ばれた代表を通じ雇用条件の改善を求めんが為に自由にその意見、見解若しくは不満を表明する個人的もしくは団体的の妨げらるることなき権利を有しない意味ではないことを明確に了解せられなければならない。この権利は民主主義社会に固有のものであり、奪うべからざるものである。しかして余はこの権利は現に提案せられている国家公務員法の修正案の中に十分に規定せられていると信ずる。更に国家の公益を擁護する為に政府職員に課せられた特別の制限があると言う事実は政府に対し常に政府職員、の福祉並に利益に十分な保護の手段を講じなければならぬ義務を負わしめている。この理念は民主主義社会においては完全に理解せられ実現せられているのであってそれ故にこそ公職が威厳と権威と永続性とをそなえており、公職に就き得る機会が広く一般から好ましい特権として認められ且求められているのである。鉄道並びに塩、樟脳、煙草の専売などの政府事業に関する限り、これらの職員は普通公職からは除外せられて良いと信ずる。然しながらこれ等の事業を管理し運営する為に適当な方法により公共企業体が組織せらるべきである。しかして雇用の標準方針並びに手続を適正に定め且つ普通公職の場合に与えられている保護に代えるに調停仲裁の制度が設けられねばならぬが、同時に、職員において、その雇用せられている責任を忠実に遂行することを怠り、ために、業務運営に支障を起すことなきよう公共の利益を擁護する方法が定められなければならない。更にまた、能率増進の為に、逓信省の完全な再編成が実施されることが望ましいと信ずる。そのためには政府の郵便事業を他の業務から切りはなし、逓信省に代って内閣の内部に二つの機関を設置することが考えられる。

 国家公務員法は、本来、日本における民主的諸制度を成功させるには、日本の官僚制度の根本的改革が不可欠であるとの事実の認識の下に考えられたものである。何故ならばかかる民主的諸制度の強弱は、その政治的、経済的、社会的の何れなるを問わず、必然的に直接公務員制度の能率如何にかかると共に、公共の利益擁護と一般の福祉増進のために組織された政府がその権力の源泉たる主権者たる国民に対して行使し得る強力な指導力如何にも同様必然的に直接関連するからである。従って本改革の成功が占領政策の第一義的目標の一つたるのみならず、それは、日本国民の将来の福祉のための前提要件の一つでもある。

 仍て本問題の解決に当っては公共の利益優先と云う点に最大の考慮が払わる可きであり、つぎに必要なことは、憲法の中に明示された通りに、国民の意思を実施する政治手段としての政府の適法な権威は、充分民主化された方法の下に行われる選挙によってのみ覆し得るということを保障する道が講ぜられる可きであるということである。これなくしては、政府を少数者の特権優先に従属せしめることによって公共の利益を滅却することとなり、その結果は無政府状態、暴動、破壊を招来することになる。これが民主社会が先ず存在し得るための某本的原則であるが、西洋の主要民主国家においては、その原則実行のために極く最近に至っては、軍隊並に文官警察の両者を用いた国家警察力の全面的行使を余儀なくされるに至った。憲法の定める所に従って軍隊の保持を放棄した日本においては、警察力のかかる行使には文官警察を期待し得るのみである。従って日本においては他の何れの国におけるよりもなお一層法律が政府の権力並にその安全と権威の確保のための規定を綿密に定めて誤解なきように明確を期する必要があるのである。

 余が国家公務員法を全面的に改正してここに論議された考え方の体制に適合せしめることが時を移さず着手さる可きであると考えるのは以上の目的達成のためである。

 本件に関し貴下を援助する可く本司令部は従前通り助言と相談に応ずるであろう。


日本労働年鑑 第23集/1951年版
発行 1951年1月1日
編著 法政大学大原社会問題研究所
発行所 時事通信社
2000年2月15日公開開始


■←前のページ  日本労働年鑑 1951年版(第23集)【目次】  次のページ→■
日本労働年鑑【総合案内】

法政大学大原社会問題研究所(http://oisr.org)