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日本労働年鑑 1951年版(第23集)
The Labour Year Book of Japan 1951

第二部 労働運動

第四編 その他の社会運動


第一章 平和運動(つづき)

 四八年九月、ルクセンブルグで二一カ国、三三三人の代表参集の下に開かれた、アインシュタイン博士らの「世界政府運動」の会議も、国際連合を武装した主権国家の連合にすぎぬ現状から、その思想と組織の内容とを変化させることによって世界連合政府の機関にまでたかめようとする悲願をもつもので、文字通り「一つの世界」への努力とみられる。四八年秋のアメリカ大統領選挙において、対ソ強硬外交を唱えた共和党のデューイ候補の敗北は、それ自体平和擁護へのアメリカ民衆の意志表示であり、更に四八年一二月、国際民主婦人連盟第二回大会は五六カ国、八、〇〇〇万の婦人の名に於て「ギリシャ、中国、インドネシヤ、マライ、ビルマの軍事干渉に反対せよ。フランコのテロリストに反対せよ。軍備を縮小し、原子力兵器を禁止せよ、人民と子供たちのために必要な国家予算を強化せよ。反労働者的法律の改正を要求せよ」との平和擁護宣言を発した。又、四八年下半期から四九年上半期に中国の内戦は、中共の勝利が決定的となり、砲煙より建設への道がふみだされ、平和の安定勢力となったこともみのがせない。一方、四九年四月四日、アメリカを中心とする西ヨーロッパ一二国による大西洋条約の調印は平和擁護運動のはげしい攻げきをうけた。これより先、三月二五日から二七日まで「全米美術・科学自由職業協議会」の主催で一四カ国の文化科学関係者二、〇〇〇人が参加して「世界平和のための文化科学会議」がニューヨークで開かれ、二七日の本会議で次の二つを決議した。

 一、国連を平和のための最上の希望として強化し、同時に文化科学会議と全世界の他の平和運動との協力を促進する決議

 二、人種的差別待遇、反ユダヤ主義、政治犯の処罰に反対し、文化の自由を要求する決議
 ついで四九年四月二〇日から六日間、パリーで開かれた「平和擁護世界大会」こそはこれらすべての平和擁護運動の成果を集中したものといえるであろう。世界労連、国際民主婦人連盟、世界民主青年同盟等を主催者とするこの大会には五九カ国一、七八四名の代表が集った。同大会の宣言は平和への闘いを次のようによびかけた。

 平和擁護世界大会宣言
 世界の七二ヵ国人民の代表たるわれわれ、あらゆる文明、信条、哲学、人種からなる男女たるわれわれは現在またもや世界を脅やかしている恐しい危険、戦争の危険をあますところなく検討した。過ぎさった世界の大悲劇後四年にして人民は危険な軍拡競争に直面させられている。

 人類の幸福を確保する役割をもつ科学は、その目標からそらされ戦争の目的に奉仕することを強いられている。戦争はすでに越南、インドネシア、マレー、ギリシャで吹きすきんでいる。

 この偉大な世界平和大会に集まって、われわれはわれわれが自由な心を保ち、宣伝もわれわれの判断に影響を与えなかったことを宣言する。

 われわれはたれが大国間にむすばれた協定、異なった社会体制の共存の可能性を宣言した協定をふみにじったかを知っている。

 諸国民の間の平和を維持せんとする条約をただの紙きれとみなしているのが誰であるか、また協議をしようという提案や軍備を廃止しようという拠案を拒否するのが誰であるか、歯まで武装し侵略者としての正体をあきらかにしているのは誰であるかをわれわれは知っている。原子爆弾は防衛的武器ではない。われわれはある国家ブロックを他の国家ブロックに対立させようとのぞんでいる人々の仲間に入ることを拒否する。われわれはすでに恐るべき結果を生み出している軍事同盟政策に反対する。

 われわれは恐怖の新世界戦争への道をひらくうえに決定的役割を演ずる恐れのある軍事紛争をつねにひきおこしている植民地体制に反対する。

 われわれは戦争準備のためにフアシスト政権を支持することに反対する。
 われわれは西ドイツと日木の再軍備を非難する。ここでは世界の絞刑吏たちが武器をふたたび取り戻しているのである。

 故意のかつ組織的におこなわれる国家群の間の経済関係の破たんはすでに戦時封鎖の様相を呈している。
 冷い戦争の準備者たちはたんなるヤミ取引きの段階から公然たる戦争準備の段階に入っている。
 しかし世界の人民はうけみではなくなり、積極的、建設的役割を演じようとしていることを平和擁護世界大会は示している。

 この大会で人民の代表者たちはつぎのように宣言する。
 われわれは関連憲章に賛成し、この憲章を無効にしかつ戦争を誘発するあらゆる軍事同盟に反対する。
 われわれは各国人民の窮乏をまねいている軍事支出の破壊的な重荷に反対する。われわれは人類を大量的に殺りくする原子兵器その他の戦争手段の禁止に賛成する。われわれは大国の兵力の制限及び原子力のもっぱら平和的目的および人類の福祉への利用のために国際管理の確立を要求する。

 われわれはあらゆる民族の独立と平和的協力のため、また諸民族の民族自決の権利のため、すなわち自由および平和のための根本条件かくとくのために闘う。

 われわれは戦争への道をひらくために民主的自由を制限しさらにこれを圧殺しようとするあらゆる協定に反対する。

 われわれは世論を毒する宣伝を無力なものにするために眞理と理性の防衛のために広範な戦線を打ちたてる。われわれは戦争狂および民族間の人種的けん悪と敵意の宣伝を排撃する。

 われわれは新戦争を宣伝する新聞、書籍、雑誌、映画、人と組織の排撃を促進する。
 われわれは世界の人民の協同を達成し、全力を平和のためにささげる。警戒をゆるめることなく、われわれは世界平和擁護のための眞の国際的な人民の協議会を結成する。それは戦争を欲するものどものうえに圧力を加え、その陰謀のあらゆる段階において平和をうち立てる能力のある人民によるたえざる脅威に直面させるであろう。

 われわれがその子供たちの生命とその家庭の安寧を守ることを神聖な義務と考えていることを世界の希望をになう婦人および母親達に知らしめよ。世界の青年に告げて未来の輝かしい道から大量殺人を一掃するために政治的意見、信教に関係なく団結せしめよ。

 世界平和大会はここに平和の擁護こそあらゆる民族の義務であることを宣言する。
 ここに代表された六億の男女の名において世界平和大会は世界の人々につぎのメッセージをおくる。
 勇気と信頼!
 われわれはいかに団結するかを知った。いかにして理解し合うかを知った。われわれには平和のための、生命のための闘いをかちとる準備と決心ができている。

        一九四九年四月二五日 パリにおいて


 この平和擁護世界大会にさいしては日本にも大山郁夫氏らに招請状がきたがついに渡航許可がおりなかった。世界大会で日本代表が報告する筈であった次の文は日本における平和への脅威と平和を守る闘いの様子を克明につたえている。

 報告は「戦後日本に樹立された政府が、人民の平和への意志を代表せず、歴代の内閣は多かれ、少かれ戦争に協力した旧勢力と結びつき、それを温存する政策をとってきた」とのべ、追放の不徹底、社会的、経済的機構の民主化の意識的逆行、労働者の権利のはくだつ、大衆の生活の窮迫化、教育水準の低下等の傾向が一方にありながら、他方警察の飛躍的拡充、武装化が行われている点をあげ、「これは一方では国内における民主主義的、革命的な運動に対する弾圧であると同時に、他方では外国にたいする戦争の準備である。」と断定している。このことの最近における具体例としてこの報告書があげているのは、まず労働争議その他の民主主義運動に対する官憲の弾圧の狂暴さである。すなわち、四八年四月の神戸、大阪における朝鮮人学校閉鎖に抗議した朝鮮人大衆に向っての日本警察の暴行。又、八月の東宝撮影所争議の際、武装警官二、〇〇〇名が、争議団を包囲したこと。又、四九年三月二七日、大阪における吉田内閣打倒人民大会にこん棒をもった一、〇〇〇名の警官がおどりかかり、多くの労働者が重傷を負った例。又、四九年四月二日、総同盟の労働法規改悪反対デモに、消防車が水をかけ、警官がこん棒をふるった事実。このことと関連して、言論、集会、思想の自由に対する圧迫例としてあげているのは、大阪はじめ各地方の公安条令の制定、進歩的教育者を、「赤」のレッテルをつけてパージする傾向、帝国主義的、頽廃的外国文化の輸入と、民族文化の衰退、進歩的外国文化の流入の制限、巨大新聞、半官的独占的放送による、ソ連、人民民主主義諸国にたいする敵意と憎悪を植えつけることによって戦争を挑発していること。その著しい例として「文部省が一三五万部発行した新制高校の国定数科書『民主主義』の中では労組、人民民主主義、共産主義、ソヴエト同盟に対する無根の事実にもとずく中傷が二〇頁にわたって記されている」ことを指摘した。報告書は更に、これらの諸傾向に対する平和を守る闘いを次のようにつたえている。「六〇〇万以上の労働者が産別、国鉄、全逓、総同盟その他の組合に組織され、二〇〇万以上の農民が日農、全農その他の農民組織に結集されて、平和と民主主義のためにたたかつており、共産党、労農党その他の民主的諸政党に対する大衆の支持は日々増大している。幾多の選挙妨害にかかわらず、四九年一月の衆議院選挙で、二九八万票が共産党に投ぜられ、三五人の代議土を当選させたことは日本人民大衆が、ファシズムと戦争に反対し、民族の独立と民主主義を主張する民主戦線を支持したことをいみする。戦争のぎせいを最も多く受け、平和の擁護に特別の関心をもつ青年、婦人は『民主主義青年団』(一〇万)『民主婦人協議会』『婦人民主クラブ』を大きく結成し、学生たちは学校教育を植民地的状態におく大学法案に反対し、婦人たちは三月八日国際婦人デーに平和のための示威集会を廣汎にもった。民主主義的な文化団体は日本では久しい伝統をもっているが戦争中破壊された組織を戦後再組織して民主主義科学者協会(五、〇〇〇)新日本文学会(一、二〇〇)新演劇人協会(五〇〇)日本映画人同盟(三〇〇)日本美術会(五〇〇)ソヴエト研究者協会(四〇〇)等が結成され、それらの二二団体が現在、『日本民主主義文化連盟』(約三万)をつくっている。これらの団体はとくに平和擁護のためにつよい関心をはらい」例えば「新日本文学会は四八年平和声明を発表し、文壇、学会の有志より成る『文芸家懇談会』や『知識人の会』も平和を守る決意を表明した。日本のすぐれた社会、自然科学者五九名は四八年八月のユネスコよりの世界の科学者の声明にこたえて、戦争の原因とその防止のための方法を究明する会合を開き四九年三月その成果を発表した。又、進歩的な大学教授二九名は吉田内閣が企図した非日委員会が「特高警察」の再現であるとしてその設置に反対の声明を出した。パリ平和擁護大会のよびかけによって平和運動はさらに廣汎な層にひろがろうとしている。合計七〇〇万の会員をもつ民主主義的諸団体を統合する『民主主義擁護同盟』はこのよびかけをとりあげて全国に平和擁護運動を展開しつつある。産別、全逓、大金属などの労働組合は平和宣言を発して大会を支持することを声明した」又「日本の文化人、勤労者のひろい層は戦争挑発や諸国民間の憎悪の煽動と闘うために諸国民との親善運動をはじめている。日ソ親善協会は四九年四月二二日にその結成大会をもつことになっており、日朝親善協会は成立し、日華親善協会結成の準備もすすめられている。この運動はさらに広く他の諸国民、とくにその民主主義的諸勢力との間にすすめられるであろう」。

 報告は平和擁護運動の結果を以上のごとくつたえた後に平和を要望する日本人のねがいとして「急速に講和条約が締結され、一日も早く占領軍が撤収されポツダム宣言の厳正な実行による民主的な、自主的な日本の新しい建設にむかいうる独立を訴えた。この講和条約の即時締結=軍事基地化反対=日本の独立はこの後の日本の平和擁護運動の中心線となった。

日本労働年鑑 第23集/1951年版
発行 1951年1月1日
編著 法政大学大原社会問題研究所
発行所 時事通信社
2000年2月15日公開開始


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