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日本労働年鑑 戦後特集(第22集)
The Labour Year Book of Japan post war special ed.

第二篇 労働組合

第三章 労働組合運動


第六節 示威運動(つづき)

14、最低生活権確保人民大会

    一九四七年十二月十八日・宮城前広場

 一年前の十二月十七日五〇万に近い人民が「生活権確保吉田内閣打倒人民大会」に参加して〃ヤミとインフレの撲滅〃を叫んだが、年かわり、吉田内閣は潰え、勤労者の政党と云われる社会党に政権は移つたが、労働者の生活権確保は達成されなかつた。すでに七月、社会党激励人民大会が行われて社会党の公約実行を迫つたが、社会党は保守党との連立政権にある苦衷をのべて、実際にはインフレの進行もたかまるばかりであつた。こゝに次の大会スローガンの下に「最低生活権確保人民大会」が開かれるに至つた。

大会スローガン

1、企業整備、行政整理による首切り絶対反対

2、人たるに値する最低賃金制の即時確立

3、適正価格による生活必需物資の完全配給

4、生産費をつぐのう農産物価格の制定

5、重要産業、金融機関の国営人民管理

6、全額国庫負担による六・三制完全実施

7、国家公務員給与法案反対

8、民主人民戦線の即時結成

9、働くものの手による働くもののための生産復興

10、増産を阻む骨抜き炭鉱国管法案反対

11、天下り電力割当て反対民主的配分機構の確立

12、労働戦線統一は電力よこせ闘争から

13、労働者農民の悪税、大衆課税絶対反対

14、水害対策の即時完全実施

15、産業動力を守るため薪炭を完配せよ

16、民族的差別による不法弾圧絶対反対

17、列車削減運賃値上げ絶対反対

18、ポツダム宣言の厳正実施

 尚、総同盟はこの大会が、片山内閣に反対するものであれば、片山内閣に全面的に協力するとの基本方針にはずれると難色を示し、参加を拒否したが、当日は総同盟傘下の関東金属、東交などの組合員を含めて約廿万の大衆が参加した。

 大会責任者産別の亀田東伍、司会者全船の安江義蔵両氏の挨拶の後、菅道(産別)小林一(国鉄)土橋一吉(全逓)金民化(朝連)松山隆茂(全自動車)佐藤安政(全官労)松本慎一(文連)の各氏を議長団にえらび、全逓土橋氏は議長団を代表して

 

「この大会は、独占金融資本、封建的官僚反動政党ブロックが自己の利益々のために首切リ、低賃金、弾圧を加えて、祖国の焦土化をも顧みようとしないのに対して、労働者、農民、市民など働くものの生産復興、祖国再建闘争の開始であり、三党連立して妥協的な片山内閣を徹底的に批判して、社会主義政策の断行を要求するものである」

とのべ、議事に入り、電力対策(説明者電産・栗原)賃金(全逓・村山)ヤミぼくめつ(日通・濱名)企業整備(電工・川島)行政整理(自治労・岡田)重要産業社会化(炭協・水上)教育復興(日教組・荒木)悪税大衆課税(全財・品川)農業復興(日農・大森)生産復興(産別・喜田)民族的差別反対(朝連・李)の各対策を可決し、さらに緊急動議としてだされた山ねこ声明とり消し(全逓)板橋事件の岩田英一氏無罪要請(労農救援会)大量首切り反対(全国農業会従組)水害対策(日教組)民主団体機関紙に紙よこせ要求(機関紙協会)の緊急動議を採択し、共産党の徳田球一氏が来賓として祝辞をのべた。尚この間全電工の渡邊氏から、世界労連参加についての報告があつた。

 大会が採択した決議文の要旨は次のとおり。

「社会党主班内閣が成立するや、われわれ勤労大衆は社会党の公約実現を期待したのであるが、内閣成立後の諸施策はことごとくわれわれのせつなる期待に反し、公約の片りんさえうかがうことが出来ない状態である。かくして政府のあらゆる弁明にも拘らず経済危機は日々増大深刻化しつゝある。事態は明かに反動的、資本家的方式によつては絶対に経済復興の出来ぬことを実証したものである。かゝる政府に対してはわれわれはもはや何らの期待をも持ちえないとの感を深くするものである。われわれはかゝる状勢を忠実につかみ、いまや真に祖国の再建をなしうるものはわれわれ勤労大衆なることを痛感する。」

 「町から、村から、工場から」の大合唱の後に大会参加者はデモに移り、議事堂、首相官邸、虎の門、田村町を経て午後三時半すぎ増上寺前で解散した。大会実行委員は、首相官邸、商工省、最高裁判所等に赴いて決議文を手交した。

日本労働年鑑 第22集/戦後特集
発行 1949年8月15日
編著 大原社会問題研究所
発行所 第一出版
2000年2月1日公開開始


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