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日本労働年鑑 戦後特集(第22集)
The Labour Year Book of Japan post war special ed.

第二篇 労働組合

第三章 労働組合運動


第六節 示威運動(つづき)

11、世界労連代表歓迎国民大会

   一九四七年四月四日・宮城前広場

 急速な発展をみた日本の労働運動の大きな期待は世界の労働運動との提携(実質的にはあるにせよ、組織的な)であつた。一九四五年二月ロンドンに第一回世界労働組合会議が、次いで同年九月廿五日〜十月八日パリで第二回会議が招集された結果、五十六ケ国、六千六百万の広汎な国際的労働者組織「世界労働組会連合」(World Federation of Trade Union. W.F.T.U)が結成されたが、国際労働者組織との提携を望む我国の動きも「世界労連の旗の下に」と云うスローガンが主要な組合にかゝげられていることによって示されている。

 その世界労連の代表が一九四七年三月日本を訪れた。一行の団長、世界労連書記長ルイ・サイヤン氏は三月廿一日空輸羽田に到着、三月廿四日午後三時から労連代表と日本労働者の正式会見が行われた。当日の参加者は、

 世界労連側 ルイ・サイヤン(労連書記長)ウイラード・タウンセンド(米)エル・タルソフ(ソ)アーネスト・ベル(英)ワルトベルグ(労連事務長)

 日本側 渡邊(歓迎委員会書記長、全電工)聴濤(産別)原(総同盟)三田村(日労)田村(全逓)鈴木(国鉄)安江(造船)稲垣(全教協)佐藤(全官公)北田(都労連)

 席上サイヤン氏は

「われわれの目的は日本の労働運動のに協力するためである。労働者の組織、働いている現場、赤裸々なるその生活状態、日本の経済状態などを具体的にしらべたい。日本の労働者はかつても苦しんできたが、今もなお苦しんでいる、これを助けるのがわれわれの目的である。そのためには組合の力を発展させること組合の統一を行うことが絶対的条件になる」
とのべ、特に戦線統一を強調した。

 一行はその後東京、京都、大阪、広島、福岡、大牟田の各地を訪れた。

(全労連世界労連加入促進委員会書記局は廿二年十月、世界労働情報第一輯に、世界労連代表の日本視察に関する予備報告全文と、ソ連代表タラソフ氏の視察記をかゝげている)

四月四日の歓迎大会は二〇万の労働者が集まった。「万国の労者団結せよ」(Proleto j De ciuj Landoj Landoj Unigu Vin)と日本語とエスペラント二様にかゝれた壇上に北田一郎(都労連)が司会を行つた。大会議長には産別の聴濤議長が推され、総同盟の松岡会長は代表として歓迎の辞をのべた。その時再び立つた聴濤議長は「世界労連代表が今日こゝに出席することが出来なくなつた」旨を弁明、大会は拍手を以て了解の意を表した。

 代表演説、来賓祝辞の後、民主革命に邁進する旨の決議文を採択してデモに移つた。

日本労働年鑑 第22集/戦後特集
発行 1949年8月15日
編著 大原社会問題研究所
発行所 第一出版
2000年2月1日公開開始


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