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日本労働年鑑 戦後特集(第22集)
The Labour Year Book of Japan post war special ed.

第一篇 労働争議

第一章 争議の大勢


第六節 争議の規模別状況

 争議の波のたかまりと、規模の大きさとの関連は、争議の規模別状況の分析を通じて明らかにすることが出来る。

 先ず一、〇〇〇人以上の規模をもった争議の件数と参加人員の月別推移をみるに、昭和三一年度は労働組合法の施行された三月に、件数一八件、参加人員六五、三七八人と増加しその後メーデー闘争の行われた五月にも、件数一五件、参加人員三六、四〇六人を算して低下をみせていない。しかし六月、七月と低下し八月から再び上向して、十月には二四件、参加人員二六九、一二六人と最高を示している。このことは十月闘争の規模が極めて大きくエネルギーも高かったことをあらわしている。

 十月闘争で大きな山をえがいた大規模争議も翌年の二月には頂点に達し、件数一四件、参加人員一、四五七、五四一人を示している。

 四月以降は再び下降線を辿るが、九月から上向し、十月二一件、参加人員一、八二八、七七〇人、十二月二五件、参加人員一、九二二、九六四人とたかまってている。以上の検討によってもわかるように、争議の波が一般的にたかまっている時期に於ては大規模争議の数が多い。

 次に四九九人以下の小規模争議の月別推移はどうであろうか。

 小規模争議の推移は必ずしも、運動全体の波の上下に照応していない。無論運動の波が高まったときは、小規模争議の件数も多くなっているが、顕著な波の振幅はあらわれていない。

 このことは、運動の波が低下したときにも中小企業の労働者は執拗に退却をこばんでいることを意味する。我が国の労働者階級の先進層は比較的中小企業に多いことが指摘できるであろう。大企業の労働者は、運動が最も激烈に尖鋭化したときにはじめて動かされ、運動にひきいれられるのである。

 以上の事実を更に、争議行為を伴はざるものについて検討してみよう。

 二一年の初期に於いては一、〇〇〇人以上の規模をもつもので争議行為を伴はないものは殆どないが、八月頃から次第に増加し、十二月には件数八件、参加人員一、五二〇、七七二人となつている。二二年になると更に増加し、二月には件数九件、参加人員一四四、一三三人、以後四月は件数六件、参加人員一八八、三三三人、五月、六月、七月はやゝ低下するが九月から又増加し、十二月には件数一八件、参加人員一、九七ニ、二五一人と最高を示している。大規模争議が、漸次困難になつてゆく過程がよくわかるであろう。

 九九九人以下の小規模争議も、大体に於いて大規模争議と同様の過程を示しているが、大規模争議程顕著でない。一般に争議行為を伴はないものは大規模企業の方が比率が高い。

すなわち、昭和二一年度に於いて大規模企業が同盟罷業、同盟怠業、工場閉鎖、事業管理の争議を行った件数の全件数に対する比率は一〇・三%であるが、争議行為を伴はないものの比率は一四・七%である。昭和二二年度は、前者が五・五%であり、後者は二三・七%の大きさを占める。

日本労働年鑑 第22集/戦後特集
発行 1949年8月15日
編著 大原社会問題研究所
発行所 第一出版
2000年2月1日公開開始


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