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日本労働年鑑 第72集 2002年版
The Labour Year Book of Japan 2002

特集 労働時間法制の改編と運用の実態


 第五章 労働時間の弾力化の進展

 一 変形労働時間制・フレックスタイム制の実施状況

 労基法三二条の二および三二条の四の定める一ヵ月および一年単位の変形労働時間制(九四年三月末までは三ヵ月単位の変形労働時間制)は、企業の業務量の変動に合わせて労働時間を弾力的に配分することにより労働時間の短縮をはかることを本来の制度趣旨としている。変形労働時間制やフレックスタイム制に関する実施状況については、前掲「就労条件総合調査」(旧賃金労働時間制度等総合調査)が継続的な調査を行っている。〇一年の「就労条件総合調査結果速報」によると、一年単位・一ヵ月単位の変形労働時間制およびフレックスタイム制を採用している企業の割合は年々増え続けており、八八年に全体で七%であったのが、二〇〇〇年には五四・三%まで増加した(第5表)。とくに一年単位の変形労働時間制とフレックスタイム制の採用割合が増加し、一ヵ月単位の変形労働時間制はむしろ減少する傾向にある。

変形労働時間の有無、種類別採用企業数割合

 企業規模別(二〇〇〇年)でみると、規模が大きくなるほど一ヵ月単位の変形労働時間制やフレックスタイム制の採用割合が大きくなるが、それとは反対に企業規模が小さくなるほど一年単位の変形労働時間制を採用する割合が大きくなり、一ヵ月単位変形制やフレックスタイム制の採用割合が小さくなっている(第5表、巻頭色刷り図6)。これは、規模の小さい企業では時間短縮のために一年単位の変形労働時間制を活用することが多くなるが、規模の大きい企業ではすでに所定労働時間の短縮が進んでおり、労働者の働き方の自由度を増すことによって業務の効率化をはかる必要があるためだと思われる。実際に、一年単位の変形労働時間制は、四四時間から四〇時間へと法定労働時間の経過措置が切れた九七年度に採用率が大きく上昇しており(一五・一%から三五・九%)、とくに猶予対象とされていた鉱業(四八・四%)、建設業(四六・八%)、製造業(四六・五%)で採用率が高い。

 二 変形労働時間制の運用状況と時間外労働

 労働時間を短縮するために変形労働時間制を利用することと、所定労働時間を法定労働時間の枠内におさめるためにこの制度を利用することとは、厳密にいうと区別して考える必要がある。前者は、所定労働時間を法定労働時間より短縮するための手段として用いることを意味する。一方後者は、時間短縮の手段としてよりも、変形労働時間制を週法定労働時間四〇時間の例外的取り扱いとして利用することを意味する。

 変形労働時間制がもともと労働者の生活リズムを不規則にするという弊害をもつ以上、それに加えて時間外労働を行わせることは厳に慎むべきことといえる。そのため厚生労働省(旧労働省)も、変形労働時間制を実施するにあたっては時間外労働を原則としてなくすべきとの立場をとっていた(労働省労働基準局『新労働時間短縮の方法と実務』、一九九四年)。

 ところが、すでに指摘したように、フレックスタイム制などの弾力化措置と比べて変形労働時間制は必ずしも政策サイドの期待したような時間短縮効果を上げていない(第三章三節)。また、連合総研「平成六年度新時代の労使関係に関する調査研究」(一九九五年)では、時間管理の柔軟化が「ゆとり」と「満足」に関して組合員にどのような変化を与えたのかという質問に対し、変形労働時間制はフレックスタイム制や裁量労働制と比べて「ゆとり」が増加したという割合が最も少ない。「自宅での時間的ゆとり」が増加したという回答は、フレックスタイム制や裁量労働制ではそれぞれ四五%と四七・五%であるのに対し、変形労働時間制は三一・九%となっている。また、「不満」がフレックスタイム制と裁量労働制がそれぞれ二七・七%と二三%であるのに対し、変形労働時間制は四四・四%と、この制度への満足度は最も低い。こうした労働者の評価は、変形労働時間制が労働者の生活リズムを不規則にするというマイナス面をもっているのに、時短・休日増というプラス面がそれを埋め合わせるほどには十分に実現されていないことを反映していると考えられる。

 なぜ変形労働時間制は制度の趣旨通りの時間短縮効果をあげていないのだろうか。前述のように、変形労働時間制の多くが所定労働時間を法定労働時間の枠のなかにおさめるための手段として使われ、所定外労働時間を含めた労働時間の総量を削減するための手段としては必ずしも用いられていないことが原因の一つになっている。また、労基法はこのような使われ方を実質上許容している。

 たとえば、一年単位の変形労働時間制が実施されている場合でも、労基法上は三六協定の締結などの法定手続きをふめば時間外労働が可能となっており、時間外労働の限度基準も通常よりわずかに低く設定されているにすぎない。前掲第3表が示すように、通常の時間外労働の一年間の限度基準は三六〇時間であるのに対し、一年単位の変形労働時間制のもとでの限度基準は三二〇時間とわずか四〇時間しか縮減されていない。さらに、通常の時間外労働の場合と同様に、一年単位の変形労働時間制についても、特別の事情がある場合には、さらに三六協定で特別条項を定めることによりこの限度基準を超えて労働時間を延長することが可能とされている(平一〇・一二・二八労働省告示第一五四号)。

 前掲「平成一二年度労働時間制度等総合実態調査」によると、一年単位の変形労働時間制を導入している事業場は全体の三一・六%となっている。また、一年単位の変形労働時間制を採用し、時間外労働に関する労使協定を締結している事業場は全体の九・七%を占めている。そのうち、前記限度基準に従って一年間の延長限度を三二〇時間以内に定めている事業場は、八六・七%となっている。したがって、残りの一三・三%の事業場では三二〇時間を超える延長限度が設定されていることになる。また、特別条項付の三六協定を締結している事業場は全体の一六・三%であり、そこで定められた一年間の時間外労働の平均限度時間は五六三時間一六分とされている(一年単位の変形労働時間制が適用され、かつ特別条項が締結されている労働者の一年間の延長限度時間数については、明らかにされていない)。

 このように、一年単位変形労働時間制の本来の目的は時間外労働を削減して労働時間を短縮することであるにもかかわらず、緩やかな限度基準(年間三二〇時間)のもとに時間外労働を行わせることが可能となっており、本制度が意図した時間短縮が十分に達成されないことになっている。したがって、変形労働時間制の週平均労働時間を法定労働時間よりも低く設定したり、時間外労働の年間限度基準を一五〇時間程度まで抑えるなどの規制が早急に検討されるべきである。

 トピックス1 変形労働時間制における労働時間の事前の特定

 一ヵ月単位および一年単位の変形労働時間制については、労働者の生活設計に大きな影響を与えることから、事前に労働時間を特定することが義務づけられている。一ヵ月単位の場合にはその期間の開始の前に、一年単位の変形労働時間制で一ヵ月以上の期間で区分する場合には、最初の期間の労働日と各労働日毎の労働時間を特定し、各期間の三〇日以上前に特定しなければならないこととされている(それ以降の期間は労働日数と総労働時間数を特定するだけで良い)。したがって、使用者が業務の都合により任意に労働時間を変更するような制度は変形労働時間制に該当せず、また、いったん特定された労働時間は変更できないものとされてきた(昭六三・一・一基発一号など)。

 ところが実際には、いったん特定した労働時間を期間の途中でも変更しうるように就業規則や労使協定のなかに変更条項等を定める例がある。しかし、最近出された二つの裁判例はこうした期間途中の変更に対して極めて厳しい姿勢を示している。その一つのJR東日本(横浜土木技術センター)事件(二〇〇〇年四月二七日)では、就業規則の変更条項が労働者からみて予測可能な程度に変更事由を具体的に定めていないときには、使用者の裁量により労働時間を変更する結果となるから、そうした条項は労基法違反になるとの判断が示された。また、岩手第一事件(仙台高裁判決〇一年二月一六日)でも、使用者が全く無制限に決定できるような就業規則の規定は労働時間の特定の要件に欠け、変更条項が労働者からみてどのような場合に変更されるかを予測できる程度に具体的に定めることが必要であり、単なる業務の繁忙を理由とする変更については時間外労働で対応すべきであるとの判断を下している。

 この二つの判例は、両者とも一ヵ月単位の変形労働時間制に関するケースであるが、そこで示された労働時間の特定に関する厳格な考え方は、一年単位の変形労働時間制にも当然当てはまるものと考えて良いであろう。

 三 フレックスタイム制の実態と問題点

 フレックスタイム制は、労働者が自分の都合に合わせて出退勤時間を自由に決定できることにより、仕事と生活の調和をはかりながら効率的に働くことを可能とする制度である(労基法三二条の三)。巻頭色刷り図8は、厚生労働省のモデル例を示している。フレックスタイム制は企業規模の大きいところでは利用率は高いものの、全体ではわずか五・六%にとどまっている(第5表)。人事院「九八年民間企業の勤務条件制度等調査」(『労政時報』三四二二号)でみても、五〇〇人以上の企業の三五・四%で導入されているが、五〇〇人未満では一五・一%にすぎない。フレックスタイム制の対象職種は、事務管理が六五・〇%と最も高く、技術(五三・八%)、情報処理(五三・六%)、販売・営業(五〇・九%)の順で続いている。

 また同調査によると、コアタイムとフレキシブルタイムの設定状況は多様であり、「コアタイムとフレキシブルタイムの両方」を設定している企業が六一・八%と最も多いが、「コアタイムのみ」(一五・三%)、「フレキシブルタイムのみ」(七・一%)、「設定していない」(九・九%)企業はあわせて三割を占める。「コアタイムのみ」は、フレキシブルタイムの時間帯枠をとくに設定しないものをいい、「フレキシブルタイムのみ」やコアタイムを「設定していない」は、出勤それ自体についても個々の労働者の判断にまかせているもの(フレックスデイ制)である。

 また、フレキシブルタイムとコアタイムの設定方法について、前掲『平成六年度新時代の労使関係に関する調査研究』(事業所と連合傘下の組合員が調査対象)によれば、フレキシブルタイムの開始時刻を午前七時とし(四五%)、コアタイムの開始時刻を午前一〇時(五五%)、終了時刻を午後三時(六六・六%)とする事業所が最も多い。これらの企業は、巻頭色刷り図8の厚生労働省のモデル例に沿ってフレックスタイム制を実施している。

 同調査の組合員調査によれば、「自宅での時間的ゆとり」が生まれたとする労働者が四五・五%と変形労働時間制に比べて高く、また五三・四%が制度に満足しているとしている。しかし、制度の実際の利用状況をみると、フレックスタイム制を「週四日以上」利用する組合員は三一・一%にとどまり、「週一日」または「週一日もない」とする組合員が三七・一%もいる。このような制度利用を妨げる要因として、事業所側回答は「従業員本人の労働時間に対する意識が変わっていない」(三九・五%)、「顧客との関係など仕事の進め方からの制約が大きい」(三三%)、「職場の雰囲気が制度を使いにくくしている」(二六%)などをあげている。一方、労働者側回答は、「社内他部門との連絡・調整が多い」(五二%)、「人手に比べて仕事が多い」(四五・七%)、「自分の仕事が他の人に影響」(四一%)をあげている。これらの回答から、本制度により労働時間の管理を個々の労働者にまかせても、仕事の量や進め方について一定の自己完結的な裁量権限を労働者に与えなければ制度本来の利用がなかなか進まないことがわかる。

 フレックスタイム制の実施に際して最も問題となっているのは、労働時間の管理のあり方である。フレックスタイム制は、以下で検討する裁量労働制と異なり、出退勤時刻の決定とそれによる精算期間(通常一ヵ月)内の労働時間の配分を労働者に委ねるだけであって、使用者は労働者個人の実労働時間を管理する責任を負っている。したがって、使用者は労働者個人の実労働時間をカウントしなければならないが、こうした時間管理をきちんと行っていない企業が少なくない。

 労働省が二〇〇〇年に行った「電気機械器具製造業におけるフレックスタイム制を導入している事業場に対する監督指導」(『労務事情』九八四号)では、監督指導を実施した二二事業場のうち、労働者の自己申告による不適正な労働時間の把握に関して指導がなされたのが一〇事業場もあり、労働者の自己申告した時間と事業場の巡回記録等とが相違していたり、フレックスタイム制が適用されている労働者の時間外労働時間が他の労働者に比べて三分の一程度にすぎないといった指摘がなされている。自己申告による労働時間の適正な把握がなされない理由として、時間外労働に対して支払われる賃金の予算が決められているため自己申告時間を一定時間内にせざるを得ないこと、時間外労働の削減通達が自己申告時間を一定時間内とする趣旨に解されていること、一定の時間外労働の枠を超えると賞与が減額されることなどがあげられている。

 以上の検討から、フレックスタイム制についての今後の課題として、(1)単に労働時間の管理を労働者に任せただけでは本当の意味での労働時間の自己決定が実現されないこと、(2)そのため仕事の進め方についても労働者に一定の裁量を与えるべきこと、(3)使用者が労働時間の把握を厳正に行うべきであり、自己申告制をとる場合には上記のような労働時間の適正な把握を阻害するような要因を除去することなどをあげることができる。

日本労働年鑑 第72集
発行 2002年6月25日
編著 法政大学大原社会問題研究所
発行所 旬報社
2006年8月11日公開開始


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