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日本労働年鑑 第70集 2000年版
The Labour Year Book of Japan 2000

 特集 現代日本の雇用変動と雇用・失業問題


 第三章 雇用管理の変化とその背景

 一 フレキシブルな雇用管理

 1 労働力の複合的編成

 ここまでみてきたように、今日の雇用構造の変化は、正社員のリストラ、人員削減と、その一方での非正社員の増加に特徴があるということができる。この背景には、企業の雇用管理の変化がある。もっとも、正社員と非正社員との組み合わせで労働力を編成する雇用管理は新しいものではない。例えば一九五〇年代には臨時工がさかんに利用され、「臨時工問題」をひきおこした。この影響もあって一九六〇〜七〇年代には一部の産業で臨時工にかえて社外工を採用する動きが現れ、造船業、化学工業などで社外工が増大した。その一方、高度経済成長半ばからは製造業などでのパートタイム雇用も増加するようになった。このように、高度経済成長の時期から労働力は正社員と非正社員の複合的編成を成していた。

 一九七〇年代半ばのオイルショック後の不況では、臨時雇いやパートタイマーなどが一時期削減されたが、その後七〇年代末からはパートタイム雇用が急速な増加をみせる。これは雇用が伸びたサービス業や卸小売業などで、業務の繁閑の差が大きいことや女性雇用者への依存度が高いため、パートタイム雇用を拡大したことが一つの理由であった。パートが低賃金であることも、人件費比率の高い第三次産業でのパートタイム労働への依存を強めた。

 また、八〇年代は労務費コストの削減のためホワイトカラー職種を中心にした派遣労働が急速に広がり、八五年の労働者派遣法の制定につながった。銀行などでは派遣会社を設立し、労働者の一部を派遣会社に移してそこから受け入れるなど、ルーティン化した仕事を正社員から派遣に置き換える動きが少なくなかった。

 九〇年代に入ると、この動きはさらに加速化され、さきにみたように常用雇用が抑制される一方で、臨時・日雇いやパート・アルバイトなど、多様な形態の臨時的雇用が増大し、雇用者全体に占める非正社員の比率が急速に拡大してきた。これは雇用のフレキシブル化を進める雇用管理ということができる。

 2 日経連の「新時代の『日本的経営』」

 こうした雇用管理の方針を最も明確に示したのが、九五年に日経連が発表した「新時代の『日本的経営』」である。ここでは、「長期雇用の重視を含んだ柔軟かつ多様な雇用管理制度の枠組み」が求められているとして、労働者を「長期蓄積能力活用型」と、必ずしも長期雇用を前提としない「高度専門能力活用型」、「雇用柔軟型」の三つのタイプに分け、それらの組み合せによる雇用管理を打ち出し、経営環境の変化に対応した雇用ポートフォリオの作成を提唱した(日本経営者団体連盟『新時代の「日本的経営」』一九九五年)。

 日経連は、これを通じて、一方では長期雇用の仕組みを維持しつつも、同時に、労働力の流動化を通じて必要な人材を確保する体制の整備を進めるとしている。ここでは、長期雇用とフレキシブルな雇用との複合的編成という考え方が明確にされるとともに、それにみあった複線型の人事管理の必要性が示されている。こうした労働力の複合的な編成という雇用管理はとくに目新しいものではないが、九〇年代半ばに経済構造の改革が進められている時期にこれが出されたことは、構造変化に対応するために、長期雇用が期待されるコア労働者を縮小する一方で、流動的な非正規従業員の拡大をはかるという雇用管理の方向を示したということができる。

 3 キャリア選択を促進する雇用管理

 このような考え方が示される一方、実際の雇用管理の面でも、さきの大規模なリストラ事例にもみられるように、出向・転籍や新規採用の抑制をはじめ、さまざまな方法によって正規従業員の削減が進められている。なかでも最近は、企業内でキャリアの形成をはかってきた雇用管理とは異なり、キャリアの転換を促進する雇用・人事管理が広がっていることが特徴的である。

 すでにみたように、最近の大企業では、さまざまなキャリア選択の制度がつくられている。早期退職優遇制度はそのなかの代表的なものであるが、そのほかに少数ではあっても、転職援助や独立開業支援などの制度を導入している企業もある。こうした転職促進制度を整備することによって、従業員を企業内に囲い込む管理から、キャリアの途中で積極的に「選択の機会」をつくる複線的な雇用管理への転換が進んでいる。最近では、松下電器が導入して話題を呼んだ退職金相当分を毎月の給与に上乗せした賃金制度や、「日本型四〇一K」といわれる確定拠出型年金によって企業年金のポータブル化をはかるなど、処遇の面でも労働移動をしやすくする基盤の整備が徐々に広がりをみせている。

 こうしたキャリアの多様化を前提にした雇用・人事管理が、働く者の多様なキャリア選択を可能にするという側面をもつことは確かであろう。就業への意識やニーズが多様化し、必ずしも長期雇用や企業への従属を好まない人々が増えているなかでは、こうした雇用管理を歓迎する者も少なくない。他方で、企業にとっても、これは労働力が長期間固定化することを防ぎ、雇用調整が容易になるという点で大きなメリットがある。しかし、すでに指摘したように、とくに中高年層では、キャリア選択といっても社会的な環境が整わないなかでは、事実上の引退あるいはきわめて不安定な雇用機会しか見出せないことになる。しかも、キャリア選択の機会は実際には人員削減の手段でもあるわけで、実質的には退職勧奨の意味をもつことになる。そうした点での問題も少なくない。

 4 非正規従業員の活用を進める雇用管理

 さまざまな非正規従業員を活用する雇用管理も進んでいる。例えば、営業時間が長く繁閑の差がある流通業では、パートタイマーやアルバイトヘの依存が強い。金融業やソフトウェア産業などでも、多数の派遣労働者が利用されている。また製造業では、有期契約の期間工、あるいは構内下請けなどが活用されている。これらは、一般的には縮小傾向にある正社員を補完する雇用ということができる。

 しかし、パートヘの依存度が大きい流通業では、八〇年代以来パートタイム労働者の人事・雇用管理をきめ細かくすることでその有効活用を進め、パートタイム労働者に中核的な仕事までもやらせるようになっている。また、製造業でも請負形態の構内下請け労働者は、必ずしも補助的な仕事だけをするのではなく、一定の技能を必要とする職務にも就いている。その点では、非正規従業員は正社員とは別の機能をもつというより、正社員の主要な職務の一部が、これらの非正規従業員に置き換えられているということができる。

 ところで、パートタイマーや派遣労働の広がりについて、こうした雇用形態は弾力的な働き方を求める雇用者側のニーズに対応したものだとする見解もある。とくに女性の場合、一般的に家事・育児などの負担が求められるなかで、弾力的な働き方を求めることが少なくない。しかし、パートタイマーというだけで、その賃金は正社員に比べて著しく低く、かつ賃金以外の労働条件も全般的に悪い。また、景気の変動などの影響を受けて、解雇されることも多い。

 派遣労働者についても、登録型は好きなときに好きなだけ働けるといわれるが、実際の就業者数は伸び悩んでおり、仕事がないことも多い。また、派遣契約の中途での解約など労働者の立場は弱く、労使関係の点でも労働者の立場に問題が少なくないといわれる。このような点からいえば、非正社員の増加は、低賃金、低労働条件で、労使関係上も立場が弱く、権利を十分に主張できない未組織労働者が増加していることを意味している。

 二 背景としての日本経済の構造転換

 1 経済構造の転換と雇用・失業問題

 今日の雇用・失業問題には、直接的には不況による経済成長の低迷が影響している。八〇年代には、日本の経済成長率は三〜五%程度を維持し、他の先進国に比べて相対的に高かった。このことが日本経済や日本的経営の国内外での評価を高めていたということができる。ところが九二年以降、成長率は一%前後になり、とくに九七年にはマイナス成長を記録するなど経済成長は停滞しており、九〇年代に入って成長率を回復したアメリカ、イギリスなどと対照的であった。右肩上がりの成長が終焉したことは、日本の雇用拡大を支え、終身雇用慣行を可能にしていた条件がなくなったことを意味し、その限りでは、雇用情勢が悪化することは避けられない。

 しかし、今日の雇用・失業問題の背景には、成長率の低迷だけがあるわけではない。長期的な失業率上昇には、家族従業者の減少など日本の就業構造の長期的な変化があるということも指摘されており、九〇年代の雇用・失業問題についても、日本経済の構造転換との関連をみておく必要がある。

 その第一は、さきにも指摘した技術革新の影響である。八〇年代にFA化が進み、とくにブルーカラーなど直接生産部門の労働者を中心に現場の要員が削減されたが、生産の拡大基調が続いていたため、人員削減としては顕在化しなかった。ところが、九〇年代の不況局面に入るとともに、これが人員の削減をもたらすことになった。情報化の進展によって、ホワイトカラーでも事務処理の合理化などが進んで仕事が規格化され、派遣労働者やパートタイムなど非正社員でも可能になったため、正社員の削減がもたらされた。さらに、情報化は中間管理職の役割を小さくし、その削減につながった。ME化、情報化の進展は、九〇年代に入って雇用の削減に結びついたということができる。

 第二の点は、日本企業の海外直接投資が拡大したことの影響である。八〇年代にも製造業の海外移転は産業空洞化をひきおこすという議論があったが、実際には生産の海外移転は直接的な輸出減少につながらず、雇用全体への影響は小さかった。しかし、九〇年代に経験した一ドル八〇円に及ぶ急速な円高は、生産拠点のアジアヘの移転を一段と促進し、低付加価値の普及品などを生産している地域を中心に地域経済の危機と深刻な雇用問題をひきおこした。ただ、その影響は一部の製造業とそれを中心にした経済構造をもつ地域に限られていた。その意味では、雇用情勢の悪化の一要因であっても、雇用情勢全体への影響は限定して考える必要がある。

 2 経済構造改革下での雇用管理の見直し

 前項の二点は実際に雇用構造の変動をもたらした要因であるが、今日の雇用情勢の悪化は、これに加えて、経済構造の変化に対応するための雇用管理の見直しによるところが大きい。九〇年代はメガコンペティションの時代といわれるように、世界市場の再編と生産・分業構造のグローバルな再編成が起こり、国際競争が激化するとともに、多国籍企業の再編成も進んだ。日本の多国籍企業も、こうした国際競争の再編に対応するためアジアを重視する戦略を強化するとともに、グローバルな視点からの事業活動や生産体制の見直しを進めた。また、経営管理を見直し、新しい製品開発や新分野への進出を追求するとともに、総コストの削減をはかっている。

 同時に、新しい国際競争のもとで経済発展を可能にするため、経済の構造政革を進め、規制緩和が推進された。規制緩和は、最初は日米貿易摩擦に対する対応として始まったが、九三年ごろから経済構造改革を進めるテコとして本格的に取り組まれるようになった。そこでの目標は、国際競争に対応するために低生産性部門を淘汰し、企業の再編やその活動領域の拡大・再編を通じて競争力の強化をはかることにおかれている。最近は、九〇年代の不況を克服して経済を成長軌道に乗せるために新産業の創出が強調されているが、その条件を整えるためにも規制緩和が求められている。

 このような経済構造改革を進めるためには、それに対応した雇用構造の調整も必要であるとして、労働移動を促進する柔軟な雇用管理が進められ、また、雇用構造の調整をスムーズにするために雇用分野での規制緩和も推進されている。同時に、長期雇用システムのもとでの労務費の「固定費化」は財務の硬直化につながるとして、労務費を「流動費化」すること、すなわち、フレキシブルな雇用管理が追求されているのである。

 これらは、技術革新や生産の海外移転の結果としての雇用構造の変化とは異なり、経済構造改革を推進するために雇用システムを見直そうというものであり、それだけに雇用への直接的な影響が大きいということができる。

 三 日本的雇用慣行のゆくえをめぐって

 1 日本的雇用慣行は崩壊したか

 九〇年代に入って失業者が増加するとともに、従来安定していると考えられてきた中間管理職やホワイトカラーをターゲットにしたリストラが広がるなかで、「日本的雇用慣行」の崩壊論、あるいは「日本的雇用慣行」のゆくえをめぐる議論がさかんになっている。

 「日本的雇用慣行」については、それ自体どのように理解するかという問題を含めて、従来からさまざまな議論があった。最近では、長期雇用を日本の優れた人材形成の仕組みとして評価する考え方、あるいは長期にわたる経済成長のもとではじめて雇用が維持されたのであり、特別に雇用を守るという制度はなく、終身雇用は人々の期待感の表れであるという見方、また、終身雇用は働く人々の間での「規範」であっても実体はなかったとする立場などがあるが、ここではこうした議論に立ち入って検討する余裕はない。

 ただ、日本でも高度経済成長以前には、合理化による解雇とそれに対する解雇反対闘争などをめぐって労使対立が少なくなかった。その後、高度経済成長下での雇用の拡大という労働者側に有利な条件を前提としながら、「解雇権乱用の法理」の枠組みと六〇年代の民間大企業での安定した労使関係のもとで、解雇による労使紛争が減少してきたのである。このことを考えれば、長期雇用の慣行は労使関係の安定をはかるうえで、重要な意味をもっていたということができる。

 この労使関係の視点から今日の雇用の状態をみれば、中高年者のリストラやさまざまな方法による人員削減が進んでいるにしても、むき出しの解雇事例は少なく、他方、組合も人員整理には基本的に反対の立場を示しつつも、「経営上やむを得ない」として受け入れるケースが多い。したがって、労使関係の安定という面では従来の「終身雇用慣行」が崩壊したということはできない。つまり、「雇用の安定」が労使関係の安定につながり、労働者の高い就業モラルが実現できるなかでは、労使関係の不安定化というリスクをおかしてまで労働者の解雇を強行することのメリットは少ない。

 九〇年代のリストラにおいても、量的にはともかく、以前から長期雇用慣行のもとで雇用調整の方法としてとられてきた出向など、比較的ソフトな形での人員削減が中心になっている。この点は、従来と大きくは変わっておらず、今日の雇用調整自体は「終身雇用慣行」を否定するものだとまではいえない。しかし、雇用の流動化という現実を前にして、働く者の間では雇用不安が高まり、労働者間の競争が激化しているということはできよう。

 また、「終身雇用慣行」とはいっても、もともとそれは大企業の男性正社員などの特定の労働者に適用されるものである。従来から、その周辺には、臨時・日雇い、社外工、パートタイムなど不安定な雇用形態の非正規従業員が存在していた。それが景気変動のバッファーとなってきたことを考えれば、今日の非正規従業員の増加とその流動化も、基本的にはそうした雇用構造を覆すものにはなっていない。日経連が「新時代の『日本的経営』」で、雇用の流動化を強調しながらも、「長期能力蓄積型」というコアとなる労働者を育成するために長期雇用システムの必要性を認めていることにも留意する必要がある。

 2 日本的雇用システムの見直し

 とはいえ、長期雇用慣行が何も変わっていないというわけではない。企業が終身雇用をどのように考えているかという調査では、時期により、また調査により、結果も異なっているが、最近では終身雇用にこだわらないとする企業も四五・三%とかなりの比重を占めている(労働大臣官房政策調査部『平成九年版雇用管理の実態』)。仕事についての経験の蓄積や技能の形成・継承などを考えれば、長期雇用の仕組みがまったく消えることはありえないが、労務費コストの流動費化を進めるなかでは、固定的な長期雇用の労働者はできるだけ限定し、流動的な形態の雇用者を拡大してゆくものと考えられる。こうしたときに、それでも雇用システムとして「長期雇用慣行」が維持されているといえるかどうかは、長期雇用の労働者の比率次第であろう。ただ現時点では、日本の長期雇用のシステムが崩壊しているということはできないだろう。

 終身雇用慣行が今後も維持されるかどうかという点に関して注目されるのは、九〇年代末の金融不安や不況の深刻化のなかで、「日本的経営」の見直しが主張されていることである。九九年に出された経済戦略会議の答申は「日本的システム」の見直しを主張し、「日本型の雇用・賃金システムや手厚い社会保障システムが制度としてのサステイナビリティー(持続可能性)を失いつつある」としている。また、米国の格付け会社が「終身雇用の堅持」を打ち出したトヨタの長期債格付けを下げたことも報道された。

 これらにみられるように、グローバルスタンダードが主張されるようになった九〇年代末になって「日本的雇用慣行」は厳しい批判にさらされているということができよう。これは、長期雇用の慣行が柔軟な雇用調整や経済環境の変化への柔軟な対応を困難にすると考えられているからである。ここにこそ、今日の雇用管理の特徴がある。しかし、労働者にとって雇用と生活の安定を考えれば、雇用の流動化が望ましいかどうかは別問題である。

日本労働年鑑 第70集
発行 2000年6月25日
編著 
法政大学大原社会問題研究所
発行所 旬報社
2006年9月1日公開開始


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