高野房太郎とその時代(38)二村 一夫
4. アメリカ時代(16)「労働者の声」の筆者は誰か? 私は、前々回、日本最初の労働組合論として知られてきた「労働者の声」も高野房太郎執筆の可能性が高いと述べました。その時は、話が横道に逸れるおそれがあったのでそれ以上の議論は避け、単なる指摘にとどめました。そこで今回は、あらためてこの問題を取り上げてみたいと思います。
同稿は全文6ページ*2、比較的長文で、名文とは言えませんが論旨は明快です。論点の第1は、世界各国の歴史にてらすと、労働者がいずれは政治上の発言権をもつようになることは明らかで、そうした時にそなえ、今のうちに労働者が国民としての義務を担いうるだけの力をもたせておく必要がある。ただ現状では、労働者自身にその地位を高める活動を期待することはできないから、外部より働きかけるほかはない、というにあります。 吾人は今ここに二個の方法を提出し、もって世の慈善心ある義人に つまり、この論稿は労働組合とともに生産者協同組合、消費生活協同組合の結成こそが、日本の労働者の地位を向上させる鍵であると主張しているのです。この論旨は、前回紹介した高野房太郎の「日本における労働問題」と完全に一致しています。また、同盟罷工に対する態度など細部においても、房太郎の主張と食い違うところはありません。さらに「労働者の声」は、この呼びかけを労働者に向かって発しているのではなく、「世の慈善心ある義人」、「天下の志士仁人」に向かって説き、「労役者の友」となるよう訴えています。この姿勢も房太郎とまったく同じです。「労働者の声」はまた、労働組合運動ではアメリカの労働騎士団やジョン・バーンズが率いたイギリスにおけるストライキについて論じ、協同組合運動についてはロッジデールを先進例として詳しく紹介している点も注目されます。
ところで「労働者の声」は、その内容だけでなく、文体や用語の点でも、「北米合衆国の労役社会の有様を叙す」や「日本に於ける労働問題」といった房太郎の論稿と共通するところが少なくありません。たとえば〈吾人は〉〈労役者〉〈同業組合〉〈友愛協会〉といった言葉が、両者で共通して頻出しているのです。 吾人は我邦に於いて、初めより斯の如き大結合を望む者に非ず。唯願ふ所は、同業組合なる者を起し、之を以て互に一種の友愛協会と為し、互に其収入金の幾分を貯蓄し、其組合中に疾病、火災、其他の不幸に遭遇する者は、事実を探究して之を助け、若くは一旦事あるの時に於いては、其同業団結して、罷工同盟を作すの用意を為すべし。 吾人は北米合衆国の政史を読む毎に常に労役者が其政治上に於て偉大の勢力を有するを認む。吾人の労役者の此勢力の結果として支那人拒絶条例の発布を見たり〔以下略〕 労役者をして直接的利益を享有せしめんとせば、先ず此会合をして友愛協会たらしめんことを要す。即ち其会員の疾病に罹るや之れを救助するの資金を与へ、其死亡するや其家族に扶助金を給与し、其火災其の他の不幸に遭遇するや之を援助するの仕組を設く。
しかし問題がひとつあります。それは、房太郎が愛用した〈結合〉が「労働者の声」では〈大結合〉という表現で1回しか出てこないことです。代わりに使われている語は〈団結〉です。現在では〈unity〉〈combination〉などの訳語として〈団結〉が定着していますが、房太郎はほぼ一貫して〈結合〉を使っています。論文のテーマにかかわる主要な用語がこのように違うとなると、「労働者の声」を高野房太郎執筆とすることに疑念が生じます。 労役者の組合 見られるように、この文章では〈一致団結〉という四字熟語の一部として〈団結〉という言葉がでてきますが、あとは〈結合〉が使われています。この2つの文章の筆者が同一人物だとすると、長文の「労働者の声」において〈結合〉の語が1回、それも〈大結合〉として使われているに過ぎないのは、いささか不自然です。これは編集者が、頻出する〈結合〉という言葉を、日本語として熟していないと感じて手を加えたからだ、と考えないかぎり理解できません。 さらに言えば、もし仮にこの2本の論稿の筆者が房太郎でないとすると、別の大きな謎が生まれてきます。それは、欧米の労働組合運動や協同組合運動についてこれだけの知識をもち、日本の労働者の組織化にも熱意をもっていた人物が、たった1本の論稿と、1編の短文を発表しただけで、その後はいっさい沈黙を守った事実です。この発言から7年後には、労働組合期成会が結成され、鉄工組合も発足しています。「労働者の声」の最後で、次のような主張を展開した筆者だったら、労働組合期成会に参加し、これを支持する論陣を張って当然ではないでしょうか。 吾人は今日に於て労働問題の必ず社会に出ざる可からざるを信じ、亦た吾人の力有らん限りは、之を社会に提出し、社会の翼賛を得て、彼の労働者の声をして天下の志士仁人の耳底に徹せしめんことを欲し、敢て之を言ふ。 しかし、実際には、このような発言をした人物は高野房太郎のほかには見当たりません。このように、「労働者の声」「労役者の組合」の論旨が、細部にいたるまで房太郎の主張と一致すること、さらにこの時期にそうした主張を展開した人物は高野しか見当たらない点から、私はこの筆者は高野房太郎に違いないと推測したのです。 【注】
「労働者の声」は明治二十三年九月二十三日発行の『国民之友』第九十五号に掲載された一文章であるが、この文章が我国に於いて始めて純正なる意味に於ける労働組合主義を鼓吹した文献であることは、我国の社会運動史家の間に於いて一致した意見である。無署名であるので筆者はわからない。 *2 「労働者の声」は、「労役者の組合」とともに、岸本英太郎編・解説『明治社会運動思想』上(1955年、青木文庫)に収録されている。同書の解説で岸本英太郎は次のように述べている。 このような情勢下に先進国の労働運動や社会主義を紹介したのが徳富蘇峰の「国民之友」(明治二〇年二月発刊)であったが、これは鉄工の「同盟進工組」の結成された翌年の明治二十三年には、注目すべき二つの論文「労役者の組合」「労働者の声」を掲げて労働者の組織の必要を強調し、同業組合即ち労働組合の結成と、救済と罷業に充てるための共済資金の用意および同業会社即ち消費組合の設立を訴えた。これは我国においてはじめて明確な労働組合主義を訴えたものとして極めて重要な意義をもつものである。〔強調は原文〕
ここで、参考までに『国民之友』に掲載された「労働者の声」を、画像として下に掲載しておくことにしよう。
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