「七〇年安保」の前夜戦といわれる六九年春いらいの社会的激動は、ついに大原研究所をもその渦中にまきこんだ。すなわち、六九年四月二八日の「沖縄デー」を前に、法政大学においても学生運動は尖鋭化した。四・二八当日、一部学生自治会は全学バリストを強行、同日早朝、警視庁機動隊五〇〇名による学内強制捜索がおこなわれた。
このころ、研究所は展示会の準備に追われている最中で、この緊急事態に対処して即時に展示資料類を麻布分室に移した。
五月三一日、大学立法粉砕を叫んで一部自治会学生は全学バリストを強化し、大学院も封鎖されたので研究所への出入りは事実上不可能となった。一一月二〇日、大学の授業は再開されたが、六九年一二月現在、大学院の一部はなお封鎖されている。この間、研究所の業務は麻布分室でおこなわれた。
一九六九年度の研究所出版物は年鑑第四〇集、『資料室報』各号のほか、『マルクス経済学レキシコン』「方法」II、戦前年鑑の覆刻版、友愛会機関誌『労働及産業』(1)覆刻版および展示会カタログ等である。さらに『研究所概要』(日本文は大島研究員執筆、英文翻訳はレヴィン氏と平井豊一氏)がこの年七月に発行された。また年度末には調査報告『金属産業労働組合の組織と活動』(中林および原研究員執筆、労働旬報社刊)が発行された。
この年七月二八日、かって研究所庶務主任として創立いらい長らく勤務していた鷹津繁義氏が死去された。また戦前研究嘱託として所と密接な関係にあった長谷川如是閑氏がこの年一一月一一日死去した。同月一四日、東京・青山斎場において、大内兵衛委員長の司会で告別式がおこなわれた。
現在(一九六九年度)の役員および所員は次の通り。
理事長 大島清
常務理事 宇佐美誠次郎
〃 舟橋尚道
理事 大内兵衞
〃 久留間鮫造
〃 山村喬
〃 渡辺佐平
〃 今井則義
評議員 菰渕鎮雄
〃 池島重信
〃 宇野弘蔵
〃 谷川徹三
〃 中村哲
〃 錦織理一郎
〃 森戸辰男
〃 松野晃典
〃 栢野晴夫
〃 小田切秀雄
〃 中島正
監事 田村太郎
〃 有沢広巳
所長 大島清
所員 宇佐美誠次郎
〃 舟橋尚道
〃 中林賢二郎
〃 斎藤泰明
〃 二村一夫
〃 小林謙一
〃 原薫
〃 唐谷喜夫
〃 石島忠
〃 是枝洋
〃 谷口朗子
〃 北村芙美子
〃 鈴木和子
名誉研究員 久留間鮫造
法政大学大原社会問題研究所五十年史
発行 1970年11月
編・発行法政大学大原社会問題研究所