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大原社会問題研究所五十年史

V 戦後


『マルクス経済学レキシコン』の刊行

 元所長久留間鮫造博士が研究所の事業として戦後一貫してその編集に努力してきた経済学辞典は、一応の準備が終って本年度その刊行をむかえるにいたった。その刊行のため作成したカードは約九、○○○枚に達した。一九六五年以来大月書店との間にその出版契約の話し合いがすすめられ、六七年には契約書が取りかわされた。すなわち、標題を『マルクス経済学レキシコン』とし、大原研究所の事業として刊行する。その内容は、『資本論』その他経済学古典からの抜萃を一定の見地から整理排列し、そのドイツ語原文に日本語訳をそえて読者の研究上の便宜を計るよう工夫される。経済学上の基本規定、諸概念をふくむ引用文は「競争」「方法」「唯物史観」「恐慌」……等の問題別に分類され、それはさらに中小項目別に整理排列される。これらの排列その他細部については、編者久留間博士の原案をもとに、研究所内外の研究者(大谷禎之介、川鍋正敏、大木啓次、久留間健、尾形憲、宇佐美誠次郎、大島清)の討議を経て決定される。

 およそ以上のような経緯をへて、『レキシコン』(1)「競争」は一九六八年四月第一刷を刊行した(その後、「方法」IおよびIIの二冊が六九年中に刊行された)。

 この年(六七年)七月、イタリア・ミラノ市にあるフェルトリネリ研究所のデルボー教授がマルクス=エンゲルス関係文献の調査に来訪された。フェルトリネリ研究所は、第二次大戦後、同国の富豪の寄附よりなる基金によって設立され、社会主義文献の集収と覆刻を主たる事業としている民間インスティテュートである。

 今年は研究所に関係深い人びと三人の訃報を聞かねばならなかった。すなわち、四月一九日には高野カロリナ夫人、五月五日には故高野房太郎氏の長女・原田みよ夫人、一二月四日には元研究員で評議員の笠信太郎氏が死去された。

 所内の人事異動については、五月、菰渕鎮雄氏が理事を辞任し、代って松浦四郎氏が理事、評議員となった。また二村一夫兼任研究員が四月より専任研究員となった。小林兼任研究員は病気のため一ヵ年休職となった。また舟橋研究員は法大在外研究員として一ヵ年海外に滞在するため休職となった。

 出版物は、年鑑第三八集と前記戦前版の覆刻のほか、『準戦時体制下の農民組合』(1)が刊行された。

法政大学大原社会問題研究所五十年史
発行 1970年11月
編・発行法政大学大原社会問題研究所



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