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大原社会問題研究所五十年史

V 戦後


法政大学との合併決まる

 前述のように、研究所の事業もようやくその成果を見せはじめたとは言え、その資金状態は依然として悪かった。文部省の補助金や、栗田書店の年鑑編集費援助などによって、一時しのぐことはできたが、インフレーションの進展とともに事業の遂行、所の維持はますます苦しくなり、ついに有給者の一部解雇か、蔵書処分か、何らかの方法によってこの苦境を切りぬける外に道はなくなった。事実、六月には『国家学会雑誌』のバック・ナンバーをアメリカのフーヴァー・ライブラリーに売却した。

 ところが、偶然の機会から、大原研究所と法政大学との合併問題が持ちあがった。久留間常務理事が法大経済学部教授を兼ねていた関係で、一九四九年六月中旬、同学部友岡久雄教授、同大学理事中野勝義氏との間に合併問題が話題にのぼり、七月一三日久留間氏と、法大側中野、錦織、友岡、池島氏の会見の結果、ほぼ実現の見とおしがついた。同日、森戸、大内委員も合併に賛意を表し、また後日倉敷レーーヨン社長大原総一郎氏(大原孫三郎氏の息)もやむをえないものとして合併を了承した。そこで久留間常務理事は各委員の賛成を得た上で、七月二五日法政大学において開かれた合併問題打合会にのぞんだ。

 こえて七月二七日、東京・晩翠軒において、研究所側森戸、大内、久留間氏、大学側野上豊一郎総長、中野理事、錦織、友岡、山村、池島各教授が出席して合併問題に関する正式会合が開催された。その結果、両者の意見は一致し、財団法人大原社会問題研究所は解散して法大に合併することに決り、七月二九日両者の間に左記の覚書が取交わされた。

 大原社會問題研究所合併ニ關スル覺書
一、大原社會問題研究所ハ解散シ其所有スル圖書其他一切ノ資産ヲ法政大學ニ寄附スルコト
二、法政大學ハ社會問題研究所ヲ附設シ大原社會問題研究所ノ事業ヲ繼承スルト共ニ其傳統ヲ尊重シ少クトモ現在其ノ行ヒツツアル事業ヲ法政大學ノ存續スル限リ行フコト
三、法政大學ハ大原社會問題研究所カラ寄附ヲ受ケタ一切ノ圖書及資料ヲ其社會問題研究所ニ於テ保管シ散失シナイコト
四、法政大學ハ大原社會問題研究所ニ對シ解散費用ヲ支拂フコト
 右双方ノ代表者誠意ヲ以テ履行スルコトヲ確約スル
      昭和二十四年七月二十九日
     財團法人大原社會問題研究所 常務理事 久留間鮫造
     法政大学          総長   野上豊一郎

 八月二三日、研究所は政経ビルの一室より法大内に移転した。一〇月一六日、大内氏邸における研究所最後の委員会(出席森戸、大内、三宅、久留間氏)は、正式に大原社会問題研究所の解散、法大への合併を決議し、一二月八日には文部省の認可があった。一九一九年創立以来三〇年にして、大原社会問題研究所はここに解散し、新たに法政大学大原社会問題研究所として再出発の途についたのである。

 なお本年(一九四九年)四月には富塚良三、石島忠、九月大島清、永田利雄、一〇月宇佐美誠次郎の各氏が入所し、所員の充実が図られた。そして『日本労働年鑑』の編集、経済安定本部委託の労働力調査その他の研究調査が行われた。法大合併後の所長には久留間氏が就任した。

法政大学大原社会問題研究所五十年史
発行 1970年11月
編・発行法政大学大原社会問題研究所



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