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大原社会問題研究所五十年史

II 創立当初〔一九一九〜二二年〕


国際労働会議代表事件と高野氏の東大辞職

 研究所の人員も充実し、調査研究事業もその緒についた時、高野博士個人にとってはもちろん、大原研究所の将来にとっても、きわめて重大な意義をもつ事件が起った。いわゆる国際労働会議代表事件である。第一次大戦後、パリ平和会議で決定された労働関係の規定にもとづいて、第一回の国際労働会議が一九一九年一一月ワシントンで開催されることになった。その国際会議に出席すべき政府代表は鎌田栄吉、岡実の両氏に、資本家代表は武藤山治氏に決定したが、労働代表の選出について紛争が生じた。それは、政府が代表選出の母体として召集した労働代表選定協議員会なるものが、友愛会その他労働団体の存在を軽視するものであり、とくに海員組合を全く無視して選定されており、また選定の手続も明朗でないとして労働団体は全面的に政府を攻撃した。友愛会代表の鈴木文治氏は協議員会を退席して政府の非を鳴らし、代表選定に絶対反対を表明した。

 さて協議員会の審議の結果、第一候補本多精一氏、第二候補高野岩三郎氏、第三候補桝本卯平氏と決定したが、本多氏は労働組合側の反対を察して辞退したので高野氏が次の候補となった。高野氏の引出しには矢作栄蔵教授らの尽力があったといわれる。高野氏は櫛田氏はじめ、大内兵衛、森戸辰男、権田保之助、上野道輔、金井延、山崎覚次郎、山名義鶴氏らと会談の後、九月二三日代表受諾の決意を表明した。しかし友愛会では、代表選出に関し政府のとった手続き、労働団体を軽視するその態度を非難してゆずらず、高野氏の代表受諾を撤回させる運動をつづけた。高野氏は苦境におちいり、この間棚橋小虎、柿原政一郎氏ほか前記諸氏と相談し、二七日には吉野作造氏より顧問の資格で出席するようにとの勧告も受けたが、ついに代表を辞退するにいたった。こうして第三候補の桝本氏が代表と決った。高野氏は代表問題落着と同時に東大に辞表を出したが、一〇月八日経済学部教授会はこれを承認した*。

 *この事件の経緯については、大内・森戸・久留間監修大島清著『高野岩三郎伝』(岩波書店一九六八年刊)第三部第一章を参照。

 高野氏が東大を辞職したことは、すなわち氏の大原研究所の経営に専念する道を開くことになった。一一月二七日および翌月一日には柿原氏が訪れて研究所の所長に就任されては如何と非公式ながら高野氏を説き、六日には大阪中之島公会堂における研究所委員会において大原氏より正式に所長就任を懇請された。高野氏は熟考の上回答することを約した。その後一二月二七日、大阪より倉敷に旅行し、倉敷では大原農業研究所を訪れて所長の近藤万太郎氏と話し合っている。

 この年(一九一九年)は、大原社会問題研究所発足の年であると同時に、労働代表事件の一帰結として高野氏の東大辞職となり、その後三〇年にわたり研究所を主宰した高野氏の運命にとっても、またわが大原研究所にとっても、じつに決定的な年となった。研究所の存在はすでに世人の認めるところとなり、多くの若い大学出の俊秀が入所を希望して高野氏に面会を求めた。四月二一日には竹内謙二氏が、一二月一八日には八木沢善次氏が高野氏と面会し、年末には採用と内定した。またこの九月、大原氏が十万円を投じて買収した天王寺の土地に一〇月一五日を期して研究所新築工事が開始された。倉敷紡績会社内におかれた図書室には内外の図書が蒐集され、高野氏は自らその分類整理を指導した。さらに年々の労働運動その他社会運動を記録する労働年鑑の編集準備は、戸田研究員を主任としてすでにこの年の秋より始められた。一一月にはその手伝いとして嘱託虐師節女史が勤務した。

 調査事業では、久留間氏担当の消費組合実態調査が最初の成果をあげた。これはのちに研究所の出版物として刊行され、また独訳されてドイツ社会政策学会誌に発表された*。このほか社会衛生担当の暉峻義等氏の指導で、四月から八王子市の乳児死亡率に関する調査が行われた**。

 この調査には暉峻氏の助手として越智道順、萩原久興、三上孝基の諸氏が参加した。

 *高野氏は一九一三年のドイツ社会政策学会の決議により、次の大会で日本の消費組合について報告することになっていたが、大戦後一九一八年、Wilbrandtにより報告を提出するよう来信があり、久留間氏執筆の消費組合調査報告がこれに対し送られたのである。Schriften des Vereins fur Sozialpolitik.(Munchen u. Leipzig, 1923)に“Das Konsumgenossenschaftswesen in Japan”なる題名で発表された。
 **この調査結果は一九二一年四月「大原社会問題研究所叢書」第二巻『乳児死亡の社会的原因に関する考察』として刊行された。

法政大学大原社会問題研究所五十年史
発行 1970年11月
編・発行法政大学大原社会問題研究所



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